買いと売り

2018年11月21日
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株式投資
株式会社の成り立ちからして、原始、株というのは買いしかなかった。だから相場というのは買いから入るのが自然だと思う。だが株式の市場ができるとそこで売りから入ることも可能になった。マネーゲームの始まりである。

現在でも多くの個人投資家は買いしかやらないと思うが、わたしはそれは健全で良いことだと思う。売る人間というのはマネーゲーマーなのであるから、素人はマネーゲーマーの真似ごとなどしない方が安全だしまた業も深めずに済む。

業績が伸びて会社が発展していけば株価が上がっていくことになる。その場合にはなんだかんだで多くの人間が儲けることができる。損をするのは伸びる会社に売り向かったマネーゲーマーであるが、彼らは負けてもさほど同情する必要はない。売り方は買い方を殺すつもりで売っているのであるから自分が殺されるのも覚悟の上ということになる。

ということで伸びる会社の株を買う分には、会社の時価総額が膨らむわけでその分お金が全体として増えるのであるからそれほど多くの素人を痛めつけることなく自分も儲けることができる。つまり無益か有益かは別として殺生は少なくて済む。売りは逆である。全体でお金が減っていく中で儲けようという試みである。それだけたくさん殺生しないといけない。

だからなんだと言われそうだが、わたしはあまり殺生はしたくない。回り回ってあまりよろしくない運気が自分に向かってくるような気がする。それは別に相場に限ったことでなく生きていく中で何かあるように漠とそう感じる。例えば事故とか病気とか。もちろん善人でも事故にも会えば病気にもなるのでもそんなはっきりとした関係ではない。ただなんとなくそう思うということ。自分の気分ということでもある。

だから足りるを知って必要な分だけ稼いで止めるのが良いとわたしは思っている。ハンターも度を超えなければそれは立派な仕事である。バチもあたるまい。そういう意味では相場で稼いだ金であまり贅沢するのはわたしは嫌である。贅沢するためにはそれだけ余計に金が必要になる。つまり殺生が増える。そもそもわたしは自分がこれくらいはしたいという暮らし向きがあってその分を稼ぐだけである。

ボッシュは数年ホールドしていて、その間ずいぶんと株価は上下したけど、結局業績が上がるに従って株価はうなぎのぼりで、チャートだかなんだかで売りむかった人間がかなりいたらしいが、信用で売り向かって株価が業績で跳ね上がればそれは悲惨な目にあう。

わたしはそういう会社を選んで買っているわけだから自分では当然だと思っているけど、逆に売っている人間からすれば一体何が起きているんだということだったろう。まあ化ける可能性がない地味な会社を選べばいいのかもしれないけど、当時のボッシュは十分地味だと思われていたわけだからやはり何が起こるかわかったもんではない。

今後もし大暴落が起きたらどうするか? それは暴落まで売っていればずいぶんと殺生することになるけど、下がりきった時に買うのはこれはこれから上がろうという話だからそこからの殺生はあまりない。だからある程度はやはり買うとは思うけど、それほど金は要らないのでまあそんな大きな勝負にはならないと思う。

それでも勢いで儲けるならそれは天命であるから、そこでお金の使い方も考えねばならないかもしれないけど、そこで贅沢という選択肢はないので、自分以外のために金を使うということにならざるを得ないが、それも面倒だという気もする。金でできることなど知れているからである。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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