マシンガンプリーチャー(ネタバレバレ)

2015年12月21日
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映画・ドラマ・音楽
なにげなく見た映画だが、これって実話なのね。最後に本人とか主な登場人物の実在が出てきて話してもいる。いやあ世の中には凄い人がいるなあと感心する。この映画は新しくて2015年、つまり今年の映画だ。主人公の牧師はスーダンの子どもたちを救うために今も重装備してテロリストたちと銃撃戦の真っ只中にいるそうだ。話の進み方とか展開には多少不自然な点があるんだけど実話だと聞いてみんな納得できる。実話であるなら映画の中で足りない部分は観るものが補完していけば良いことだ。映画の中では描きれなかった壮絶なドラマがあったんだろう。これだけの人物をたった2時間で描き切るなど到底無理だ。

主人公サムは前科者で麻薬の売人でストリッパーの紐で散々悪いことをしてきて、それで改心してまともな家庭を持つようになる。仕事は建設業で成功した。奥さんはそのストリッパー、子供もできて幸せな家庭。いつしか彼は教会で説教をするまでになる。ある日教会でスーダンから来た牧師からスーダンの内戦の惨状を聞かされる。そこでは子供達がテロリストに誘拐されてそして戦士に仕立て上げられている。サムはスーダンに行ってみようと考える。スーダンに孤児院を建てそこで自ら牧師となる。だがその孤児院も襲われ子供も拉致される。彼は戦う決断をする。守るどころかテロリストを襲い子どもたちを取り返すのである。

悪党と戦いそして孤児院を運営するには莫大な金がいる。寄付も募るがほとんど全財産をつぎ込んで家まで売ってしまう。彼は家族を犠牲にしてまでもスーダンの子どもたちのために戦い続ける。その姿は一種異常であり何かに取り憑かれたようでもある。スーダンの子どもたちを救うと言いながら、実は自分自身こそ救われたい存在なのである。家庭は破滅に向かうかと見えたが、友人の死やスーダンでの子どもたちとの交流から、かれは気づきを得る。身近な家族も大切であると。そしてスーダンの子どもたちも決してサムが価値観を押し付けていい相手でもないし、自分のこだわりのはけ口でもないとも知る。その姿はアメリカ人の彼が子どもたちとサッカーに興じる姿で表現される。彼はなんとかベースボールをスーダンの子どもたちに教え込もうとしていたのだ。だがスーダンの子はサッカーが好き。野球のボールさえ蹴ってしまう。それを彼は受け入れたのだ。

今の彼は一年のうち約半分をスーダンで過ごし半分はアメリカで過ごしているらしい。スーダンでは戦争。その彼には賛否両論である。相当の批判の声があがっているそうだ。牧師がマシンガン抱えて殺人行為とはなんたることかと。

映画の最後に実在のサムが言うセリフは強烈だ。「俺はいろいろしゃべって自分を正当化する気などない。ただ皆に聞きたいのは、、もし自分の家族がテロリストに誘拐されて殺されるかどうかという時に、この俺が戦って家族を取り返してやると言った時に、あなたはその方法を問うだろうか?」

サムを批判するのは簡単であるが、サムのようにできる人間はサムしかいない。批判もまた賛同も彼にとってはなんの意味もない。そんなことどうでもいいところに彼はすでにいるのである。「何もできないなら黙ってせめて寄付でもしておけ。」彼のセリフを続けるならそんなところであろう。





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