本物であるということ

2014年06月12日
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株式投資
いくつか玄人相場師のブログを
サブスクライブしているけど
 
成功してそれなりの結果を出している人は
やはり本物だなと感じる
それは投資以前に
人間として生き様が本物であるということ
 
本物と感じても偽物の場合もあるだろうが
そういう人は長い間に消えていく
本物であっても
消えるくらい危ない世界だが
消えていったところで
十分本物でなかったと言うしかない
 
ほかに証明方法がないのだ
相場で生き残るには本物である必要と言ったが
それはその人の生き様
人生そのものだから
外から見てハイとわからない
 
ある相場の師匠がいたとしよう
その相場の師匠は
相場以前にその人間が本物でないと相場でも生き残れない
ということはわかっている
 
だが、弟子を見ても、長い付き合いでもなし
誰が本物かそれはわからない
 
であれば
そんなにやりたければやってみなさい
 
もし本物であれば
生き残るだろうから
 
そういう態度になる
 
だが本物は滅多にいないのだ
 
わたしは
本物であってもわざわざ相場をやらんでいい、と思う
本物はどこでもきちんと生きていける
 
そして本物が自分で判断して
相場をやると言うなら
自分でやるだろう
 
何を言いたいかというと
似たような話になるということだ
 
自分の人生だし
自分で結果はすべてしょいこむのだから
やりたいようにやればいい
 
最後は
そういうことになる
 
まあ、納得して
おやんなさい
 
ということだ
 
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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