「日本的謝罪」が予定調和となる世界、そうでない世界

2024年03月09日
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人生の考え方
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ある人気株ブロガーさんがネットの掲示板でいわゆる誹謗中傷的な言いがかりを受けたのですが、その方は反論するのではなく謝罪と反省を表明しました。申し訳ありません。調子に乗っていましたと謝った。断っておきますがその人のことをとやかく言う趣旨ではないです。その意味は最後まで読んでいただければおわかりになると思います。さてわたしが興味深いのはその態度を賞賛するコメントが並んだということです。日本の場合理不尽な言いがかりに対しても謝罪と反省を表明するのは、潔くて度量が大きいと感じる人が多い。その一方で何も変えなくてよいのですと支持もする。これが欧米人には理解できない。欧米的な論理思考では反省の内容は具体的なものであるべきで当然その結果修正しないと反省したことになりません。謝罪するならそれに相応しい行動を取らないと謝罪の意味がありません。それが反省する態度を賞賛しつつ何も修正を求めないどころか変えなくて良いと支持をする。じゃあなんで謝る必要があるんだ? これが外国人にとって不思議なわけです。実際本当に反省してるとしても、反省してるって言ってんだからあとはじっと見守ればいいじゃないかって考えるのも日本的な思考です。

本田宗一郎氏がミスを犯した社員にどうしてそういうミスを犯したのか?その理由を問えば問うほど、その社員は泣きじゃくる。周りはあんなに謝ってんだから許してやれやって雰囲気になって、それで彼に謝って欲しくて聞いてんじゃないんだ。どう対策をすれば良いか知りたいから聞いてんだって、言った逸話が残っていて、実は日本人でもそういう世界に通用する考え方をする人がいて、だからこそ極めて日本的ではありながらも世界のホンダになったんだと思います。「日本的謝罪」って言葉が海外にあるのをご存知でしょうか? 「おおげさに謝罪して、ことを終わらせようとする」って意味です。日本人はずるい民族だと思われている。実際わたしは日本人はずるいとは思っていません。特殊なコミュニケーションをする民族なのです。「たとえ言いがかりでも言われた自分が不徳である。あえて議論するのではなく謝罪しておいて潔くことを納める。でもわかる人はわかってくれてますよね。」これが多くの日本的謝罪の真意で聞く方もそう聞く。日本にはこれで通じる世界があるってことです。日本人は簡単に謝るとよく言われますが、日本人の謝罪の多くは欧米的な意味での謝罪じゃないってことです。もちろん日本人で通じない人は増えています。通じる通じないってイチゼロの話じゃなくてどれだけ伝わっているかという話です。日本人もだいぶ欧米的な思考をする人が増えているので日本人同士でも最近違和感感じることは多いし、ブログやSNSなどはまさにそれがまざりあいぶつかりあう場になっている。わたしのブログに違和感を感じる人はまさにザ日本人的な人が多いかもしれません。
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Comments 2

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savers19  

私は謝罪した人の本心はどうかわからないとは思いますね。そして彼が本当に謙虚な人なら、こんな思考フローかもしれません。

妬みや抑えきれない羨望の気持ちが言いがかりにつながった→それは直接ではないかもしれないけど、この人こそ私の利益の源泉ではないか→ありがたいから感謝したいけど、本意を書くと逆上されるから相手が欲している謝罪を代わりに与えよう。

なんのことはない、ハルトモさんのお仲間でしたみたいな。負けたように見えて勝っている構造と言いましょうか。

そして皮肉にも、賞賛コメントに「ああ、私はまだまだ勝てるわ、ありがたい」と考えたかもしれません(こういう無条件に慣習に習う=自分の頭で考えない人たちから、私は利益を得ているから)。

この中で一番ツイていなかった人は、誹謗中傷してハルトモさんに訴えられた人ですね(←いや、ここには登場してないやん!)。その人もきっと、ハルトモさんの謝罪やブログの閉鎖を期待していたはずなので。
結果、逆にその人のブログが閉鎖したんだろうから、こっちは勝ったように見えて勝っているんですが。

2024/03/10 (Sun) 16:04

川口晴朋(ハルトモ)  

Re: タイトルなし

言われる通り、含みが多く本意が裏に隠されているのが日本的謝罪です。

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