マウントを取られたと思い込みがちな人との付き合い方

2024年02月29日
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株式投資
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私自身は他人様を「マウントを取っているとかいない」とかいう観点で見ることがないですから「この人マウント取っているな」と感じることはないですが上から目線とか下から目線てのはあると思います。自分より年長者とか経験が豊富とか技量が上の人間に対して敬意を払うのは当然だと思いますし、自分よりずっと経験が浅く技量が低い相手にはどうしても上から的な発言にとられがちです。でもそれはあって当然だと思います。実社会はそれで成り立っているとも言えます。そういう社会で、「あいつは俺のことをバカにしている」とか「マウント取りやがって」と感じやすい日本人というのは他国と比べるとすごくたくさんいるように思います。たぶんマウントを取ってくる人間よりもずっとたくさんいます。わたしの印象では純日本人で外国人とのつきあいがない人とかに多いです。日本人は総じて「自慢はみっともない」って考えます。でもそれは世界の視点から見るとかなり変わってます。へりくだった態度をことさら称賛するのも日本人の特徴ですがそれもかなり変わっています。海外では謙虚であると言われても称賛されたことにはならないし、そんなこという人いません。謙虚かどうかなんてマウント同様その人の心の中にあるもので見えやしないからです。日本人でトランプ前大統領のことを嫌いな人って、まさに自画自賛で自慢ばかりするから嫌いって人が多いんじゃないでしょうか? でもアメリカではそういう理由では嫌われていないで別の理由で嫌われています。あれくらい自画自賛して当たり前の国なんです。

さてマウントを取られたと思い込みがちな人とどう付き合うか? これはマウントをとりたがる人が仮にいたとしても、その人とつきあうより難しいと思います。なぜなら相手は変えられないからそう思うのは止められない。付き合わずに済めば一番良いかもしれませんがなかなかそうもいかないかもしれない。さてどうするか? 多くの成功者がとる方法は妬まれないために相手が誰かれ構わずにへりくだって丁寧な態度を必要以上に十分取ることです。マウント取られたとかすぐに思う人は人の上辺だけしか見ませんから、例えば「テスタさんてなんて謙虚な人なんだ」なんて会ったこともない人の人格まで見抜いたような評判が一人歩きします。どんな人かなんてわかりっこないのに。わたしの場合はもうリタイアライフですからそういう人だとわかった時点で距離を置きます。わたしのことを面白いとわざわざ那須まで遊びに来てくれる友人もたくさんいるし、このブログを読んで笑ってくれる人もたくさんいるのですから、そうでない人にまで好かれようとするのは傲慢だと思います。みんなから好かれようなんてことは思いません。


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Comments 1

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savers19  

マウントをとるか、下てに出るかの違いにこだわる人というのは、学びの機会を大きく損なっていそうですね。
あんな奴の言うことなんて・・・と、その感覚だけでシャットアウトしそうです。

もっとひどい人になると、ちょっとした行動の一端を見て「あの人は頭悪い」みたいな認識をしたら、「あんな頭の悪い人の意見に価値あるわけがない」と言って、これまたシャットアウトしそうです。

せめてあの対象に対しては頭悪かったけど、これに関してはわからないかも、という柔軟性くらいを持てばいいのですがねえ。

でも自分にフィット感のない人の意見は、往々にして外れだったという経験則は、少なからずあるだろうから、期待値の低い意見ははなっから切り捨てるという本能に近い潜在意識が働くというのも、わからなくはないですが。

私も(ハルトモさんの文意の)そういう人とは距離をとりたいのですが、その筆頭がうちのかみさんなんで・・・まあ私に課せられた鍛錬の機会だと柔軟な解釈をして、仲良くやっていきたいと思います。

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