サラリーマンは偉くなるほど良いというものではない

2024年02月13日
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サラリーマンライフ

わたしがいた外資系企業は肩書とは別にJOB GRADEという階層がありました。日本だと課長となればだいたい似たような給料で部長もまたそれなりの給料で収まります。同じ部長で給料が全然違うってのはあまりない。外資系企業だと同レベルのポジションでも給料は全然違うと言うのは普通です。ただそうは言ってもレポーティングストラクチュアと言って上下関係てのものはあって部下が上司の給料より多いのいうことはあまりないので肩書きが上がって行ったほうがJGも上がることはそれはそうです。そういう企業でわたしが目指したのは給料の高い現場責任者です。わたしは上の意向に対して、それはできないと言って通る人間でした。いくら上が命令したくてもそれは現場を牛耳るわたしの同意なしには通らない。その背景にあるのははわたしが築いたビジネスで顧客からの信頼も厚く現場の詳細をコントロールしていたからです。会社にいて自由に振る舞えるのは現場があってこそだと自分でわかっていましたからその現場を離れる気はなかった。現場を離れる時は会社を辞める時です。

もちろん上に従順になって現場からエクゼクティブを目指すという手もありましたが、わたしは興味なかった。人のいいなりになってへーこらしてまで会社にいたくない。株で儲けていつ辞めてもいくらいの資産もありましたし、実際50歳くらいで辞めるつもりでいろんな準備をしていました。結局予定より遅れること4年54歳で会社を辞めました。自分で会社を捨てたって感じで一番良いタイミングで辞めたなって後から振り返って思います。もう少し遅れたら児童養護施設という選択はできなかったでしょう。わたしにとって児童養護施設での奮闘は気力体力がもっとも充実していた4年間でサラリーンマンの30数年以上の重みがあったと言えます。とても良い経験をさせてもらったと思います。会社に残って昇進したら良かったなんてまったく思わない。それではせっかく株で儲けた意味がない。わたしにとっては自由に生きるための通行手形が株の儲けだったってことです。その意味では株の儲けを十分実生活に活かして人生を変えたってことでよいお金の使い方ができたなって思います。
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