「考える」「予測する」と「そうなるかも」の区別

2022年06月30日
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株式投資
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ひき肉と野菜のナンプラー炒め?
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レタス包みにしてたくさん野菜を摂ります

Twitterとかブログなどで投資について「、、と考える」とか「、、と予測する」という言葉が飛び交います。ただ中身を読んでいくと考えるも予測するもその意味合いが人それぞれのわけで、その人がどういうつもりでその言葉を発しているかまで読まないと勘違いが起きるわけです。例えば「日経平均はいついつには3万円になると予測します。」と誰かが言ったとする。つまり予測するということは3万円にならないよりもなる可能性の方が相当高いと言える理由があるからそう予測するんだと、わたしなどは思うわけです。だったら理由が続くのかとなると十分に理由を語らない人がまた多い。3万円になると予測はしたけどならない可能性も五分五分だともし言うなら3万円にならない予測も同時にしているということです。だったら3万円になると予測するって片方だけ言うのっておかしくないですか?本当は「3万円になるかならないか五分五分だと思うがなってほしい」とか言うのが正直なところなら、やはりそう言うべきだとわたしなんかは思うのです。

こんなことを言うと、そんな厳密にやらなきゃいけないの? そう思ったんだからそれでいいじゃんと言う反応も聞こえてきそうなんですけど、そこでわたしが思うのは、そもそも「考える」とは何かです? 人間というのは言葉以外で考えられない生き物だってことをおわかりになっているでしょうか? 自分が考えていることは全部言葉なんです。ですから発する言葉はその人の思考の程度そのままだってことです。すごいこと考えてるけどうまく言えないってのは嘘です。なぜならすごいことをどう考えるか? 言葉しかないのです。たぶん自分の中にある「感情」と「考える」とをごっちゃにしている人がいます。自分の感情を満たすうまい表現がみつからないから言葉でうまく言えないというだけ。確かに人間は感情の生き物ですけどそれは「考える」とは違う精神作業だろうとわたしなどはそう思っています。ということでわたしは今日中には日経平均は100万円にならないと予測します。理由は全銘柄がストップ高でも100万円にならないからです。明確じゃん。意味ないけど。今日は関東に雪は降らないってのでもいいですよ。まあみなさん笑いますけどたまーに変な予測をする人間が現れる。夏に雪が降るとか、そういう時が株はチャンスなんです。まあこれは別の話ということで。


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