なぜ勝ち逃げできたのかー1

2022年06月16日
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株式投資

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かみさんゴルフ好調です
レディースティーより後ろのシニアティを使い
バックティーのわたしとほぼ同じスコアで回ってくるんです
今日もわたしと前半一打差、後半は二打差でした
一緒に回っていても楽しいです

子どもの頃のわたしはとにかくなぜ自分は普通でないのか?いつも不思議に思っていました。幼稚園の時に黒い社用車のセダンでお抱え運転手が送迎してくれてました。社長車ってことです。おじいちゃんが創業した会社は当時従業員は数百人はいたと思うし家だってお屋敷だった。そんでどういう経緯で送迎してくれるようになったのか覚えていないけど、ただあまり嬉しいとは思わなかった。特に帰り。みんなが楽しそうに一緒に送迎バスに乗って帰るのにわたしだけ幼稚園の玄関にスーツを来た運転手が迎えに来る。むしろ恥ずかしかった。

ところが数年もしない間にみるみる家は没落して両親も離婚して家庭崩壊でわたしは児童養護施設に行く。そこでの暮らしはまたこれはこれで普通じゃない。普通の家の子と自由に一緒に遊べないし、好きに物は買えないし、遠足なんていってもお菓子も持ってけない。施設にいればいたでひどいいじめにあった。施設の中でずばぬけて勉強ができてオール5とか取ってくる。寮母はそんな子みたことないから褒めてくれるけど、それが周りの子からすると反感を買った。なにかと鷹揚でボンボンだったから態度そのものが気に食わないと思われて、それでこっちは小学生なのに中学生がよってたかっていじめるんだから敵うわけがない。その後施設から貧乏家庭に戻ってもとにかく普通じゃないエピソードに事欠かなかった。

ということで稚心の奥底で「普通の家の子」への憧れを養った気はします。とにかく幸せな普通の家庭が欲しかった。すごいお金持ちもすごい貧乏も嫌で、普通ながらお金に困らない程度にはなりたかった。その気持ちを長年持ち続けて、幸い妻と結婚して妻がまた良かった。絵に書いたような普通に幸せな家の娘だったんです。かみさんもすごい華美は嫌いますし目立つような贅沢は好みません、と言ってもそこは平気で高い物は食べるし物も買いますので貧乏とはほど遠い。わたしは妻に合わせて妻が喜ぶようにすれば自分はそれで良いのだと思いました。見事なくらいにそれが実現しています。

わたしが会社を辞めた時に友人から言われたのは、よく奥さんが賛成したなということです。会社に残っていればあるいは転職しても十分高い年収は維持できるキャリアでしたからそれを捨てて児童養護施設に行くなんてもったいないというわけです。でもカミさんはそんな贅沢はできなくても困らない程度にお金はすでにあるんだから好きにしてということでまったく反対はされなかった。ちょうどその頃ですね。もうこれ以上稼がなくても良いかなと、リーマンショックで仕込んだトヨタ株を全部売り抜けて
それで稼ぎ終わりという気分になってブログでもそう書いたんです。これ以上どんどん儲けていっても別に妻は喜びませんし、実際自分自身これ以上幸せになれると思わなかった。

今のわたしの暮らしが普通かどうかと言えば普通の中ではかなり良い暮らしで、これ以上になると普通でなくなるって気はします。だからこのあたりでやめておく方が賢いんだと思います。これ以上稼いでも誰も喜ばないし、今の暮らしを変える気はないし、もっと贅沢しようとしてもきっと妻は今のままで十分と反対するでしょう。別に人間ができているから足るを知るとかそういう話じゃなくて、わたしが持って生まれた運というか流れというか、そして妻のおかげだなって気はします。妻が強欲で稼げ稼げじゃどうなっていたか? わたにしはちょうど良いブレーキ役だったんでしょう。なんにせよ極端はそんなよくないって今でも強く思います。
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