# 勝者のメンタリティ近づく第一歩とは

2022年03月27日
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株式投資
株式投資で勝ち切るには「勝者のメンタリティ」というものが必要です。壊れやすい物ですから慎重に大切に保持しないといけません。逆に「敗者のメンタリティ」すなわち負け犬根性というのは頑強に心にこびりついて簡単には落ちません。負け犬根性だから負けるというわけでもないです。そこそこ勝ったりはできますけど、まあそれが精一杯というところです。つまり負け犬根性を持ってしまうと大きな勝ちは得られませんと言うか自分で蓋をしてしまうのです。それこそが負け犬根性。これを最初に持たないようにすればいいのですけど、負け犬根性をわかったように教えるベテランとか上級者もいます。株というのはそんな儲かるもんじゃない。耐えて我慢することが大事だとか。コツコツ積み上げるものだとか。これは負け犬根性的発想です。じゃあその逆で一攫千金だ!一山当てるぞ!って発想は? 実はこれも負け犬の発想なんです。それが証拠に最初一発当てた人ほどその後痛い目に遭う。最初から一攫千金で勝ち切ってそのまま負け知らずで辞められる人はまずいません。まあゼロではないですけどね。

つまり一山当てようと思うのも、一山はないと思うのも、どっちも「勝者のメンタリティ」ではないということです。これがみなさんわからない。片方が片方を悪く言ったりしますけど、わたしからすると五十歩百歩。ところで余談のようでいて余談じゃないのですけど、五十歩百歩って言うと倍も違うじゃないですか? なんで同じになるんでしょうか? これは語源で言うと戦場で逃げるか逃げないかという話です。50歩逃げた人間が100歩逃げた人間を臆病と笑うとしたらという例え話です。逃げたということが本質だからどっちも変わらないということです。つまり一山当てようというのも一山はないと思うのも本質は同じということです。あらなみさんが孫子を株の必読書だって自分のブログで書いてますけど、ひとかどのトレーダーでもまったく意味がわからない。「孫子曰く、彼を知り己をしれば百戦危うからず。」ということです。彼は敵とか環境のこと。環境と自分がわかっていないのにわかった気になっているという意味で五十歩百歩ということなんです。

もっと説明しないとわかりづらいでしょう。大儲けなんて期待するもんじゃないという人は自分の力量が十分じゃないから大儲けできなかったという事実が見えていない。つまり自分を過大評価している。その上で大儲けなんか期待するもんじゃないと、環境を自分の結果に合わせて過小評価している。一方でできもしない大儲けを企むのは? これも自分も過大評価している。ひょっとして環境も過大評価している。両者に共通しているのはどちらも自分がよく見えていない=過大評価しているということです。環境は外なので片方は過大か過小か、あるいは適正かいろいろあるけど自分が見えていないという意味では同じということです。

さて、ここまで読んで「ほー、なるほど」と思う人がどれだけいるかわかりませんが、まあこの先を読んでみてください。その多くの方は間違っているかもしれません。では自分というものがわかれば良いのだな。そして環境も冷静に客観的に把握すれば良いのだなって、思ったりしませんか? 実はそれも間違っているのです。過大評価と過小評価の中間に正しい評価はあるのかもしれませんが、それは見えませんし長い人生の結果でしか判断できない。つまり自分がわかるってことは、わかるわからないという両極の話ではなく、どれだけ正しいに近づいていけるかどうかという話なんです。より大きく間違えないという話でもあります。大きく間違えれば結果は悲惨で、小さく間違えれば好結果になる。そこで言えるのは「自分は自分というものがわかっていない。」ということを知ることが第一歩ということです。そしてより自分とを知るために長い長い旅路があるということです。有り体に言うなら、わかった気になるなってことです。「無知の知」という哲人の言葉はご存じの方も多いと思いますが、わたしには非常に大切な意味を持ちます。

株式投資をするということは、何かわかった気になったからすると思うのです。それは環境かもしれないし自分の力量かもしれませんけど、どれだけわかってるんですか?って話です。わかってないということがわかっているなら、最初から100万円の資金で100万円株を買うようなバカをするわけがない。ちょっと勉強したくらいでわかった気になるなんてありえない。100万円の資金なら10万円がひとまず上限でしょう。保有銘柄も増やせるはずがない。やらないで研究だけしててもいい。わたしだって最初は15万円ですよ。それを二年くらいかけてゆっくりと投入資金を増やして億の勝負にしていったんです。わたしがこう言うと別にわかった気になっているわけじゃないですって返事が来そうですが、いくら言葉は謙っていても、やっていることはわかってない人間のやることなんです。つまり言葉ではどう言おうが本当には、わかってないってことです。ネットで見ている限りこの人わかっているかもって感じさせる人は少ないです。だからやるなってわたしは言うのです。

さてここまで書いてきました。そういうお前はずいぶんと気持ちよくわかったように語るな、て思いませんか? わたしがここまで書いてきたことは、基本の基本です。1+1=2とかThis is a pen.って話なんです。いくらわたしでもなんにもわかってないわけじゃない。ただこの基本がわかってから、先は長いです。わたしは何十年とかかりました。誰からも教わってませんし。すぐにできる人がいるのかいないのかそれはわかりません。教わればわかるのか? それもよくわかりません。それで時々試したりするんですけど、教えてわかる人が滅多にいないということはわかってきています。でもゼロじゃないみたいです。言われて不愉快になったり怒る人もいます。まったくわけがわからんとか思う人もいるようです。最近思いますけど、このブログは「猫に小判」かもしれません。他に良い例えがないのでそう言います。小判は過大評価ですけど、猫は過小評価じゃないと思います。猫以下の投資家が多いからです。猫にやらしても半分くらい勝つという話もあるようですし。
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