英語が聞けるようになって逆に怖くなった思い出

2022年01月22日
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サラリーマンライフ
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先日のスキーの師匠のプライベートレッスンで初めて体感できたのが上半身と下半身の関係です。下半身の動きが上体に現れるという師匠の言葉は今まで理解できていなかったのが、あっと突然理解できた。上体の力を抜くのではなく自然と抜けるんだということ。下半身が正しい動きをすれば上体はそれについていくだけ。これがまさに暗雲立ち込める雲海の狭間を突いて陽光が射し込むかのごとく理解できた。その日は何度滑っても同じような体感を得た。まさに開眼という気分であったけど、そこでよぎるのはいつ閉眼するかという恐怖です。次滑ってすっかり忘れていたなんてありそうじゃないですか。ただ今回の場合10年ぶりに最新の上級者用のブーツに履き替えた効果があるんだと思います。自分の足でエッジの向きが意識できるんです。ずらしながらエッジを立てていく感覚が足でわかる。もっと早く買えばよかった。それでもやってみないとわからない。次うまく行っても次の次は? そう言えば似たような経験があったなと思い出しました。

わたしは32歳でろくに英語が話せずに外資系企業に転職しました。英語はプライベートレッスンもつけて随分と稽古したわけですがその過程はここでは割愛するとして数年でTOEICは800点を超えました。でも全然自信がない。映画みたってわからないし、会議でも自分に向かって言われるとわかるんだけど、外人同士の会話がいまいちよくわからない。ところが不思議な経験をしたのです。覚えているのは虚脱感です。体の力を抜いて自然体でいたらまるで日本語聞いているように英語が入ってくる。聞こう理解しようと体に力が入っていたときと別次元。一度こうなると今までの苦悶はなんだったのかというくらいよくわかる。苦労してTOEIC 800数十点取ったところでそれで自信にもならなかったのに急に余裕というかなんと言うか、聞けて当たり前の世界が開けたんです。きっと緊張して不安を抱えていたら聞けるものも聞けなかったんだと思います。ところがそこでまた新しい不安に襲われることになる。

それはいつか突然英語が理解できなくなるかもしれないという怖れです。もちろん日常の英会話ではそんな心配をしません。ただグローバルの会議で自分の戦略をトップマネジメントに語るプレッシャーというのはそれは大きい。また重要な商談を英語ですることもある。通訳もする。当然質疑応答もあって当意即妙のレスポンスが求められる。そこで自分が立ち往生しやしないかという不安です。今でも覚えています。ある上場一部の大手メーカーへの訪問、顧客にお偉いさんが居並ぶ。そしてわたしは本社のお偉いさんを連れていた。英語での発言がなされると同時に一斉に顧客がわたしを見るのです。わからないなんて言えっこないのです。また本社に出向いて重要なプレゼンテーションを英語でするたびにいつも不安を感じました。立ち往生するかもしれないって。ちなみに英語を話すほうは地道に積み上げて上手くなるもんだと思います。ある日突然滑らかに英語が口から飛び出すって経験はわたしはないです。聞く方だけはある日かわりました。

結果から言うとわたしは決して立ち往生することはなかったです。そしていつしか自信に変わっていきました。でも数年は怖かったという記憶があります。会社では英検一級くらいで入社してくる人間がいくらでもいて、また帰国子女もいました。でもそこそこ英語が話せるはずなのに実践の場でおそらく緊張で立ち往生する姿を何度も目にしました。英検だとかTOEICの点数が同じでも実コミュニケーションにおいてずいぶんと差があるのです。中身の前に英語でおどおどしていたら人を説得なんてできません。わたしはTOEICなどの試験を受ける機会はマネージャ昇進後はなかったので(昇進試験で必要だった)自分の最終的な点数は知りませんけど点数で言えない実力ってのがあると思います。緊張した場面でも英語を使って人と議論して説得する力ってことです。考えたら日本語でも難しいかも。会社の命運を左右する重要な商談はほとんどわたしが自ら通訳をしていました。もうそんな緊張は昔の話ですが、今はスキーです。はやくまた滑りたい!って今はさいたまで思っています。忘れているかも。でも忘れていたらまた練習するだけですけどね。

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