金はいくらあるかより、いくら使っていいかをわかっていること
2021年08月12日


先日雨の日にゴルフ代わりに訪れた竹林ですが
その時に買った筍ご飯の素を今頃いただきました

福島の桃をいただきました
こちらは早めにいただきませんと
でもご近所にお裾分けするとすぐになくなります
お裾分けというのもよい文化だと思います
ご近所と仲の良い印でもありますし
みなさんはご自分の資産がいくらあるか正確にご存知ですか? ブログとかで自分の資産を公開している人もおられますね。我家は正確にはわかってないです。こういうことを書くと自分の金がいくらあるかわからないほどの資産家だとか言われてしまいますけどそうではありません。よく借金している人が自分で借金がいくらあるかわからないって言いませんか? 直視したくないわけです。直視するのが怖い。あるいは体重計に乗りたくないって人もいますよね。これも同じで直視したくない。体重が分からないと言ったところで測り切れないほど体重が多いわけではないのです。我が家の場合は動機はそれらとは違いますけど、やはり保有する資産を直視していないわけです。測り切れないほど多いんじゃなくて測ってない。40代の頃はある程度把握していましたけど、その後正確に知る必要もないし意味もないと考えるようになりました。
そうするとお金の増減に対して気持ちが鈍くなります。これは実生活ではとてもいい感じですね。つまり自分のライフスタイルをするわけです。いくらお金があっても勿体無いとかいう気持ちを失わないですみます。多少のトラブルでお金が出て行ってもまあ気にもしなくなります。つきあいとかでなにか送るときも相手が喜ぶようなものを送ろうとなります。つまらんところではケチケチしなくなる。もちろん全体として足りているという大雑把な計算はありますけど、お金に一喜一憂しなくなるということです。わたしがデイトレとかに興味がないのはお金の増減に鈍感だからだと思います。勝っても負けてもまあどうでもいいという感じ。いくらがいくらになったかわからない。
リタイア後の生活設計をする上で全体でいくらお金を持っているかという計算よりも、毎月いくら入ってくるか、いくら使っていいかが大事な気がします。全体と見るとこれは自分の寿命とか考え出して面倒になります。いくらかまとまったお金はある。その上でそのお金が減らないくらい日銭が入ってくる。だから日銭は全部使ってしまえばいいのです。もちろん余らせてもいい。わたしのブログでは日銭の話はよく書いていますでしょ。年金とか家賃とか配当とか。自分はこれだけ使ってもいいのねとちゃんと把握しています。一方でいくら使ったかはわかってないです。家計簿だってありません。入ってくるお金よりは相当少ないのは間違いないのでそんな厳密にやる必要がない。そこがカスカスなら計算したほうがいいかもしれませんね。ただ割と気軽な計算になりますよ。来月また入ってくるから。
わたしの場合はその範囲内で暮らすというよりもまあ積み上がってしまいますけど、これこそスマホのギガ容量みたいなもんで全部使い切らなくてもいいわけです。どうせ積み上がったところでいくらいがいくらになったかわからないのですから。切り崩す場合は注意が必要ですがまずないです。我が家の場合だと車を買うとかあと貸しているマンションのリフォーム代が大きな出費として想定されますけど、この点については、例えば不動産専用の口座にもう一生分のリフォーム代があるなとだいぶ前に計算してわかっています。だから日銭だけ見ておけばいいのです。最近は口座は見てないけど勝手には減りません。だからそこはそれで終わりとなります。車についてはここのお金を使えば当分大丈夫だなって一度見ておけば車を買わない限り減らないので普段は気にしなくていいわけです。そういうことでざっくりとツボを押さえておけばいいということです。万が一の時に子どもとか相方が困らないかなという指摘は気にしません。なんとかなりますよ。普段から仲良く密にコミュニケーションしていればだいたいわかります。それより毎日極楽で暮らす方が大事です。
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