株を通じて仙人になれる人はどれほどいるんだろう?
2021年06月13日

毎週立ち寄る渋谷の公園なんだけど
餌もあげないのに鳩がすぐそばまで寄ってくる
と言うより気にしてないみたい
とうとう人間どころか鳩にも人畜無害に見えるようになったのかしら?
もしかして仙人に近づいている?
昔から株ブログで仙人とか名乗る人ってたくさんいるけど
むしろ俗っぽい人の方が多いなって気がします
わたしが最近よく読むまさに仙人ぽいブログは
山姥さんですね
俗物感たっぷりのわたしですけど
この方にゆっくりと近づいて行きたいなと思います
毎週渋谷で由美かおる先生に稽古をつけてもらっています。対気と言って手と手を合わせて気の交流をします。毎週由美かおる先生に触れられるなんて凄くないですか? 70歳でもお美しいです。ちとミーハーか? 呼吸法とか気の稽古を20年以上続けていますけど、やればやるほど世の中のことおしなべて理屈じゃないんだなと思います。理屈が軽いという意味じゃなくて重き理屈をさらに超えた、理外の理とでも言いましょうか? 黙って20年続けてほとんどわたしの株式投資とか会社づとめの歴史と重なります。人生は「気」だなと心から思いますが理屈では説明できません。たぶんいつかは科学的に「気」というものが説明できる時代が来るのかもしれないなって思ってます。1000年後とか。
いろんなブログを読んでいて感じるのは、幸福感に満ち足りた株ブログって本当に少ないってことです。結局株とかFXとかやる人は欲の塊だから足るなどわからず、どこまでいってももっと儲けたい。だからか株の先生とか上級者とかでも、どうにも満ち足りた幸福感が弱いんですね。これはあくまでもわたしの主観で、自分では幸せだと思っているのかもしれないんだけど、なにか無理があるというか自然じゃないというか、言うならわたしが同じ立場なら満ち足りたとはいいにくいなって思う人が多い。なにか修行僧みたいに自分を縛っているように見える人とか、自分じゃ儲けてると言いながら人の悪口ばかり言っている人とか。自分こそがまともだと声高に主張する人とか。あるいは不自然に博愛主義者を語る人とか。自分で使命感に駆られる人とか。
その上でどこかに煩悩とか鬱憤とか対抗心あるいは欲が垣間見える。その分人間らしいとも言えるけど、なんというか脂っこい料理みたいなもんであまり頻繁には読めない。株で勝てる人って10人に一人とか二人とか言いますけど、その勝っている人の中で株を通じて自他共に認める幸せを手にする人って、また10人に一人くらいかもしれないって気がします。だってたいていの人は儲ければ儲けるほどもっと儲けたがるんですよ。つまり満ち足りない。ということで本当に株を通じて幸せになれる人は極めて少ない。であれば株ブログ見ても満ち足りたそうな人が少ないのも至極当然なんでしょうね。




夕食はいつも中華のテイクアウト
今日はお店のHPから写真を借りてみました
同じものを食べてはいるんです
他のも食べたけど写真がなかった
いずれにせよ
満ち足りた食事でした
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