なんでそんなにいろいろ買うの?

2021年04月04日
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株式投資
麻雀でも強い人間というのは、配牌とかツモのできなりで勝負はしないですね。もちろん素材を活かし流れに乗るというのは大切なんだけど、そこに自分がこうしたいという強い意志を入れていく。ここはなんとしても跳満上がってトップを取るんだでもいいし、満貫で二着で次に繋げるぞとか、そしてその勝負の積み重ねの先に全体としての勝負の目標設定がある。ただ漫然と麻雀は楽しいねという人間とはそこが大きな差になる。

株式投資でも自分は織り人になりたいとします。ある注目する会社があって株価10倍は狙えると自分で思ったとする。であればその株に1000万円投資すればいいじゃないですか? それで億り人達成できるかできないかの勝負がそこにある。1000万円なければ働けばいいし、1000万円あるんだったら一点勝負になる。三千万円持ってるなら割ってもいい。

口では億り人と言いながら、あるいはなにか目標を掲げながら、実現するわけがない行動をとっている人が多いとわたしは思います。もちろん麻雀と同じで絵空事ではダメです。配牌とツモと鳴き以外に卓の外から牌を引っ張ってくるわけにはいかない。(それをやるプロもいるけど)でも与えられた材料からなんとか目標を達成するんです。だから強い目標への意識が必要となる。

何をいつどれだけ買うかは自分で決められる。せめて自分の設定したゴールと自分の戦い方に整合性を取ることです。跳満あがるぞとやったところで、必ず上がれるわけじゃない。でもそういう姿勢でないと目標には近づかない。むしろ意味のない上がりを拒否するくらいの姿勢も必要かもしれない。その一方で臨機応変さも必要になってくる。ダメなものはダメで流れに応じて目標を変えることだって当然ありえる。一旦撤退もあるかもしれない。一見場当たり的に似たようなことをやっているように見えるからわかりづらいけど、自分の勝負を貫く軸がそこにあるのかという話です。その軸がある人間がいわゆる勝負師のわけです。

わたしはいろんなブログを読んでいてその目的は前にも書いていますけど、主は負け組の生態観察です。ただ一方で勝負師ってのも探しています。このひとは勝負師かもなんて感じることがある。たとえ勝っていなくても、勝負師ならいつかどこかで仕掛けがはまってのしてくると思うのです。ところが15年でそういう人が何人いたと思います? 15年目で初めて一人現れました。もちろんすでに億り人になっていて、この人勝負師だなって思う人はいます。逆にどうにも勝負師に感じられない億り人もいます。まあそれはわたしの見立てに過ぎません。全部知っているわけじゃないのです。

ああこの人は億り人は無理だなって思う人が一番多いですが、そういう人の印象は、記事のタイトルです。別に趣味でやってるとか、そんな儲けたくないって言うなら、それは自由ですけど、本当にそんなに儲ける気がないなら、やらないほうがいいじゃないですかって、わたしはいつも言うわけです。そんな覚悟じゃ危ないばっかりで、事実負ける人間の方が多いのです。勝負師というのは金額の話でもないです。以前3千万円だか儲けて全部処分してローンを返して株をやめた人の話を書いたはずです。これこそ勝負師です。勝負師というのは引き際も鮮やか。それで本業でちゃんとやっていけば人生ゆとりありということになりますから。自分という軸があってこそのその方の勝負だったんだと思います。
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