株は勉強して勝つものなのか?
2021年03月22日

マロは7歳です
このブログは15歳
世の中には株そのものの勉強をしなくても一生に食うに困らないくらいは勝つ人間もいるのです。あるいは勉強したにしても、あるごく限られた手法だけを徹底的に勉強して、その他のことは全く知らないし興味もないという億り人もわたしは知っています。一方で株についていろんなことをたくさん学んでわたしなんか足元にも及ばない知識を持っている人もいますけど、逆にその人の株の実績はわたしの足元にも及ばないという逆転現象も起きる。つまり勉強していろんな知識を仕入れたら勝てるというものじゃないと言えそうなわけです。株はたくさん勉強したものが勝つわけじゃなくて、何か勝つのに必要なものを勉強を通じて身につけた人間が勝つということじゃないでしょうか?いくら勉強して知識が溢れて言葉が踊っても、身につかない人間は身につかないし、それは全て結果は現れる。
株の知識でも理論でももちろんそれを勉強して勝つ人もいるのは当然のことです。わたしは株の勉強をしないと勝てないというならそれは違うと言っているだけで、勉強そのものは大いにすべきだと思っていて、それで理論を学んでも良いと思っています。学びたい人は学べば良いのです。でも大切なのはそこから何を学んで自分のものにしたかということで、その結果は株の実績でしか測れないだろうと言っているのです。
つまり知識も理論も株で勝つための道具だと言えるわけです。道具を使いこなすのは自分だということです。わたしはスキーとかゴルフとか、道具を使うスポーツが好きですけど、道具はその道具を目的のために生かしてこその道具です。例えばゴルフクラブはボールを打つ道具です。ゴルフクラブで人を殴ったり、あるいは道端で振り回すのは間違った使い方になるわけです。株の理論は株で勝つためにあるわけで、人を罵倒したり馬鹿にするための道具ではないわけです。ところが間違った使い方をする人もネットでたくさんいます。
別の言い方もできます。いくら自分が綺麗なスイングをしているからと言って、前のホールでプレーしている知らないプレーヤーに向かって大声でスイング論を語るって、それは良きゴルファーのすることじゃないです。聞かれれば答えるとか、あるいは五月蠅く大声で話しかける人間に向かって静かにしろと言うのはまともだと思います。株ブログの誹謗中傷についてもここでいろいろ書いてますけど、わたしは基本静かにしろとしか言ってないのです。内容はどうだっていいのです。興味もないし不毛な論争をする気もない。
株はいろんな方法で勝てばいいことでこれでなきゃだめってことはないのです。もちろん負けるのも自由。わたしは株の講釈をする趣味はないですけど、よほどの理由がないとしないほうが良いと思ってます。講釈する人にはなにか動機があるのです。自分の満足感かもしれないし、またはお金を稼ぎたいとか、あるいは名誉とか、はたまた別の理由とか、、君子危うきに近寄らずと言います。疑いを招くようなことを避けたい、あるいは疑いを招くような人間と一緒にされたくないと、まともな人ならそう考えるのではないかと、わたしは思うのです。長く続けるためのコツとも言えるかもしれません。
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