自分の原始心象風景を忘れずに生きる

2020年12月12日
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人生の考え方
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朝食にインドカレー
インドカレーのお店のもの
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以前店に食べに言った時に撮ったこの写真のカレーをそのままテイクアウトしてるんですけど、一度に食べられない。それでカレーひとつとサラダとナンをランチにして1食、チキンとサフランライスとカレーとスーパーで買ったサラダで夕食、それで翌朝はカレーをチンしたご飯にかけてサラダの残りでいただくと、3回食べられるわけです。1250円のカレーだけど随分と安あがりになります。満足感は高いです。朝と言ってもわたしの場合この量ではブランチです。朝昼兼用。だから4食分ってことです。

学生時代に汚い安アパートにずっといたわけです。会社に入っても寮で一部屋の共同暮らし。その時にハルトモ君は今のような生活を夢見ていたわけです。もちろんさいたまの自宅にいるほうが全般に裕福感はありますけど、でも独り者が夢見るような生活を那須で実現している。しかもさいたまの自宅とダブルです。それで車もあって、好きなところに行ける。会社に入ったばかりの頃、社用車が日産のADバンってディーゼルの車で、ああこの車であちこち旅したらどんなに楽しいことだろうと思ったものです。それから40年近くたって、今の生活はだいたい夢通りですけど全般にグレードアップしてます。リゾートマンションで温泉サウナがあるし、車はボルボディーゼルだし。でもそれも許容範囲のオーバーシューティングだと思います。

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もちろんレプリカですけどミロの油彩模写です。我が家には絵が全部で16枚あります。油彩が4枚、版画が3枚、あとは印刷ですがみな額装してあります。幼少の頃お屋敷のような家に住んでいて応接室がまあテレビに出てくるような昔の有力者のような設えの部屋で、おじいちゃんが建てた家ですけど、なんか女性の絵が飾られていた。なんか少年ながら感じる女性らしさがあって記憶に残っています。ところが会社が倒産して貧乏に転落すると、児童養護施設でも家でも絵なんてまったく見ないわけです。もちろん一人暮らしのアパートでも絵なんか飾らない。ポスター貼るくらい。どんな絵でもいいのですけど、額に入ったような絵を飾るというのは、たぶん気持ちにゆとりがないとそういう気にならないんじゃないでしょうか? なくたってどうってことないわけです。それなりに値段もしますし。テレビ見ていれば十分ってとこじゃないでしょうか。

わたしの今の生活は少年時代青年時代に描いたデッサン画通りです。多少油彩で盛られた感はありますけど、自分のかつて描いた夢をトレースしているということは変わらない。読者のみなさんは少年時代に何を夢見ていたでしょうか? わたしはそれを原始心象風景と名付けています。何回も使っていますがわたしの造語です。自分の古き心持ちをまるで絵画にしたようなイメージです。人生なんでこうなっちゃんたんだろうとか、思う人もたくさんいるらしい。いったいどこで間違えたんだろう?てわけですが、逆にわたしなんか、いったいなんでこんなにうまくいくのかよくわからない。ただ自分の原始心象風景を忘れないということは漠然と今の暮らしに繋がっているという直感があります。若い頃の気持ちを忘れてしまう人が多いのかもしれません。どういうわけかわたしは忘れていない。理由はわからない。




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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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