最近韓国の映画が日本映画より世界的に評価が高い理由を考えてみた

2020年09月12日
0
映画・ドラマ・音楽
15997947310.jpeg
三線はもともと自己流なんだけど
毎日ちょっとづつ練習している
ひさびさに再開して80%くらいまでも戻った感じだ
三線用の爪で弾いてもいいしギターのピックも使う
音色が違う

「愛の不時着」以来韓国の映画、ドラマをたくさん見ている。韓国の映画とドラマの質は日本より遥か上だと認めざるを得ない。特に韓国映画の評価が日本映画より高い、その理由を考えてるんだけど、韓国語で繰り出される感情ほとばしる表情とか振る舞いに日本人にないものを感じるのはわたしだけだろうか? 日本人はどんなに喜怒哀楽を表現しても、日本人的にリアルであろうとする限りはどこか自分を押し殺す部分があって、それが日本人的には深みのある演技になるのかもしれないけど外国人から見ると全体にのっぺりとした感情表現に見えるってことじゃないのかも、なんてそんなことを自分なりには考えている。

のっぺりが良い時代があったのかもしれない。歴史を振り返ると、世界のクロサワが日本にいたわけで、黒沢とか小津の映画を見ても決して表情豊かとは言えない。でも明らかに諸外国とは違ういでたちで表現豊かとは言えない表情で槍や刀を振り回す姿は、逆に外国人に強い印象を与えたのかもしれない。画面的にもいったいなんだこいつらは、というオーラが溢れ出ている。日本人って何者なんだという?得体のしれなさが映画に迫力を与えていたのかもしれない。それが現代となって日本人もそんな外国人と暮らしむきがかわらなくなってた。似たような服をきて似たような車に乗って、似たような都会をかけめぐれば、のっぺりが物足りないということになるのか?

半沢直樹を歌舞伎的な漫画だと、つまりあり得ないと演技と思って見ている人が多いと思うけど、韓国のドラマはまさにそれが普通?ってそんな気にさせたのは、「梨泰院クラス」、コメディタッチのサクセスストーリーかと思って見出したらとんでもない。まさにやられたらやり返す、倍返しという壮大な復讐劇であった。16話を数日で見切った。愛の不時着にも言えることだけど、あまりの偶然という展開が多いのだけど、それを迫力ある演技で押し切って見るものに文句を言わせない。まあ見ていて疲れるってのはある。半沢直樹が9話だかで終わる。45分が9話、梨泰院クラスは65分が16話。倍以上のボリュームになる。ただでさえ疲れている日本人に梨泰院クラスはお勧めできない。元気な暇人にはぜひどうぞというドラマである


関連記事
ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
自己紹介へ

Comments 0

There are no comments yet.

コメント投稿