同窓会で気まずい思いの億り人

2020年07月01日
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日々の雑感ーリタイアライフ
ときおりコメントいただける億ブロガーさんがご自身のブログ書かれていたんだけど、田舎の同窓会に出ると話が合わないとか、現状を普通に話すと、よそよそしくなったり、妬みを買うとか、そう感じる場面があると、そう言われている。本当は懐かしい幼馴染に会って楽しいはずなのに行くのが気が重いそうで、悲しいですよね。これまた別の億ブロガーさんも言っていたけど、自分の資産状況をつい会社の同僚に話したら、急に引かれて気まずい雰囲気になったとか。こういうのはあることなのね。わたしもある。

わたしについて言うと、児童養護施設にもいたし、家に戻ってもすごく貧乏だったんで、それで他人の言葉で嫌な思いをしたことはけっこうあったから、つまり、自分より豊かな人間を見てなんだこの野郎って思う人の気持はよくわかる、というかこっちが本家だって思うくらい。それくらいわたしは人間の機微に詳しいです。

貧乏で学生服の換えもないし、ズボンもシャツもひとつだし、学校に履いていく靴だって替えはないし、それで、自分は貧乏なんで買えませんなんてわざわざ言う気もしないし、家は汚い市営アパートで風呂が部屋にないので毎日お風呂に入れないの。夏とか育ち盛りじゃきついよね。親父は遊んで暮らしてしげちゃんは毎日夜勤で働いているから家のことなんかできない。洗濯なんかまとめてやるのが精一杯。

そうすると、学校で汚いとか臭いとか、わたしを馬鹿にする人間が現れて、まあ実際そうだったんですよ。それがなんとなく広がったって時期があった。そういう人間がわたしに言ったことは別に今は恨んでもいない。しょせん若者のすること。けど、ずいぶん勉強になった。人間というのはこうやって人を傷つけてそして人から傷つけられるんだなって。それで誰が何を言ったか40年以上たってもよく覚えている。不思議だね。忘れない。言った方はとっくに忘れている。これも勉強になった。まあまったくなんのわだかまりもないんだけど、ただ覚えているものは仕方ない。

それで思うのはもういい年になると、それはうまくいってる人行ってない人、人生いろいろだと思います。でも、みんなそれなりに恵まれた環境に育って、それで貧乏人とか苦境にある人の気持ちなんか気にしないで、いろいろ好き勝手言っていた時代もあったんじゃないのってことです。知らずにずいぶんと人を傷つけて生きてきたかもしれないとか、自分を振り返って考えないのかな。良いとか悪いの話じゃないです。人間ってそういう生き物なんじゃないかしら。それで同級生でも同僚でも、ちと自分が思っていたより、成功したからって、それで引くことないじゃない。おめでとうでしょう。

実はわたしの生い立ちとか実情を知っている友人はそれなりにいました。それこそ彼らは表立ってはわたしを守ってくれなかったけど、でも理解してくれているなってことはわかった。そういう友達は今でも付き合いがあるけど、わたしが成功して本当によかったなって心から喜んでくれる。ハルトモならやると思ったって、あんがい世の中フェアだなんて言ってくれる友人もいる。まあそういう友達を大切にすればいいんじゃないかしら、とわたしは思います。

なにか隠したり妙に気を使うほうがそれが嫌だって人間もたくさんいると思う。だから自分で自然体でいればいいし、それでどう思うかはむこうの勝手。ただ不愉快にさせるのはお互い本意じゃないから、それは距離を取るとか適当にいなすとか、軽い術はいいんじゃないかしら。わたしの自慢ってのはいろんな意味で評判なんだけど、少年が素直にはしゃいでいるだけですよ。同じような境遇で育って、今のわたしのようになったら、きっと誰でもはしゃぐと思いますよ。なにせ自慢のネタに事欠かないのです。

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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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