自由人に向く人向かない人
2020年06月15日

イベリコ豚って美味しいね
スーパーでは売ってなくて
界隈では百貨店の地下くらい

この絵の原画は日本にあって一度見ている
白金の松岡美術館だったかな?

ズッキーニって皆さん食べる?
我が家はよく食べる

締めは麺
なんて料理だ?
わたしのような生活をしているとすぐに飽きてしまうはずだと思う人は多くいるらしい。自由人をやったことがないからわからないのだ。仮にそういう人がお金と時間を手にしてもわたしのようにはできないのだろうなと思う。やらなくても良いことをして毎日を楽しむにはそれなりの才能がいる。遊びの才能である。日本人の多くは遊びの能力はまったく育っていないので、好きなことをしても良いと言われたらどうしていいかわからなくなる。子どもの頃ののびやかな精神はとっくに消えている。するべきことがわかっている仕事をしていた方がずっと気楽で迷いがない。
毎日似たような仕事をして飽きたと感じない人は、言われたこととかやるべきことを、黙々とやっている方がたぶん幸せだ。自由人というのは誰でもできるわけではない。他者の評価評判を気にする人は自由人には向かない。組織での評価、コミュニティでの評価、他者からの賞賛、感謝、ブログでさえランキングとか人気とか気にする人もいる。自由人というものの本質は他者の評価からの解脱なんですね。ただ一人で粋がっても格好はよくない。自由人でない連中が必死に維持しているものくらいは、なんでも軽々と持っていないとね。別に物欲という意味ではないですけど。
今日も毎週の渋谷へ。明らかに人が増えている。けっこう店の中で飲食している人も多い。街を歩きながらどれほどの自由人がいるのかななどと思う。世の中のほとんどの人は自由人になんてきっと向いていない。であるなら思い切って価値がないものだと割り切った方が幸せかもしれない。金があっても時間があって好きなことができても、そんなの幸せじゃないですよ。うらやましくもない。そんなのすぐに飽きますよ。やったことないけどそう決めつける。そういう人生もきっとありなんだろうね。わたしは嫌だけど。