たまにはマロの近況を
NHKの逆転人生という番組で30代前半で高校中退の引きこもりゲーマーがesportsつまりゲームのプロになって世界チャンピオンにまでなった話をしていて興味深く視聴した。ネットで調べると優勝賞金が900万円ほどあるんで立派にプロだ。それで企業契約もして、ゲームスクールの講師もやっているそうだ。たいしたもんである。でもちょっと前まではまさにニートだったわけだから大変な落差である。
わたしは別にゲームに興味はない。それがなぜ興味深く視聴したかと言うと、児童養護施設のNという子どもの事でゲーム絡みの残念な思い出があるからだ。その子は高校にいかなくなってゲームばかりやっていた。でも施設にいたらオンラインでゲームはできない。WIFIなんて飛んでいない。皆で共通のパソコンがあるだけで、それも一人1日30分だか60分とかの制限があった。それでたびたび無断で脱走して友達の所に泊まってゲームをしていたが、その度に担当が連れ返しに行ったりなどしていた。
わたしはその子に話を聞いてみた。本当にゲームが好きで彼にはゲームしかなかった。どうやら友人の間ではかなりの使い手という評判だそうで、たくさん練習できたらもっともっと上手くなれると言っていた。もしも可能ならプロになりたいとも言う。わたしは可能性は低いと思ったけど、その子にチャンレンジをさせてやりたいと思った。どうせ学校なんて行っていないのだ。真剣に何かに取り組む経験をさせてやりたい。
それで自腹でポケットWIFIを購入して彼に部屋でゲームをさせることにした。少なくとも外泊はしなくなった。担当が外泊が減りましたと園長に報告して園長が良かったと、皆で喜んでいる。理由も知らないで。毎月彼だけの通信代で数千円かかった。彼はメキメキと腕を上げたようだった。オンラインで外国のプレーヤーとも対戦をしている。いい戦いをしているようだった。
だが腕を上げるほどに問題が起きる。ポケットWIFIでは十分なスピードが出ないのである。ゲームはハイレベルになると一瞬の応答で勝負が決まる。ネット速度が十分速い相手には太刀打ちできない。それを聞いて、わたしはある決断をした。彼にチャンレンジを続けさせたい。まったく自腹なんだけど、施設の固定回線をインターセプトして間にルーターを挟み込んだのだ。わかりにくくするためにわざわざ秋葉原まで行って小型のパーツとそれと同じ色の配線を用意した。Nにはゲーム用のモニターまで買ってやった。
さあ、それで思い切り上手くなれとやらせていたのだが、ある男性職員がわたしの仕掛けに気づいた。かなり疑っていた様子でずいぶん調べたんであろう。Nがずっと部屋にいてゲームをしているの怪しんだわけだ。それで園長に報告して園長と二人で撤去してしまった。その時の男性職員の勝ち誇った顔が忘れられない。彼は子どものことはどうでもよくて、わたしが好き勝手にやるのを許せない気持ちでいっぱいだったのだ。
園長とその男性職員は、これで家にこもってゲームをさせないで、また学校に行かせましょうと話していた。だがもともと行っていない子がゲームを取り上げられて、ハイと学校になど行くわけがない。それでどうなったか? その子は何もしないでずっと自室で寝ているようになった。まあ元に戻ったというわけだ。ネットがなければなにもできない。その子とわたしのチャレンジは終わった。
園長も男性職員も自分が子どもの夢を奪ったなんて気持ちはまったくない。ただ遊んでいるだけだと思っている。わたしはただその片棒を担いでいるだけだと、彼らはそう思っていた。ルールがあるのはわかるけど、彼らには子どもの夢を奪う残念さが微塵もないのである。
余談だけど、もう一人の子どものために別の棟だけど同じことをして、そのWIFIも撤去された。そっちは大学受験のためにオンラインの講義を受講させるためで、その受講費用もわたしが自腹で負担していたのだ。施設はその子にオンラインでの受講は認めなかった。特別扱いはできないという理由で。今時誰でもやってるんだけど。その子はわたしがルーターを渡してなんとか受講を続けさせた。
その子は無事に第一志望の大学に合格した。その子の件ではいろいろあって過去にも書いているが、その子の受験への努力を随分と邪魔をしたのが園長で、その園長が合格してよかったと喜ぶ顔もまた忘れられない。知らないから自分は正しかったときっと思ったんだろう。オンライン講義なんかなくても合格できると。
園長は電子辞書さえ不要だという考えで、それで仕方なく勉強ができて必要とする子にはわたしが自腹で買って渡していたが、園長はそれも知らないから電子辞書なんで不要だと今でも思っているかもしれない。ちなみに園長にも小さな子どもがいた。自分の子どもの受験の時はどうするんだろうな?なんて思う。
わたしも児童養護施設の子どもだったからよくわかる。施設では当然だ、ということを大人はしているだけで、子どもはずいぶんと割りを食う羽目になる。そんな経験の連続だった。でも施設の生活はずいぶんとわたしには良い経験になった。まず人は差別するものであるということを学んだ。たいていの場合差別する方はまったく無意識で差別などしているつもりはない。だからこその差別である。施設の子や貧乏な家の子はいじめにもよくあった。わたしも貧乏で服が買えないので、汚いとかバカにされた。
大人はそんなあからさまなことはしないけど、なんだかとても自然で理屈が通って正しげだけど結果を積み上げていくとどうにもこちとらには不愉快な方向になる、施設の子がどういうものか知らない以上、それとなく避けることがあるとする。その人にとってはたった一回のことでそれも自然な理由がある。だが差別される方はそれがたくさんになる。全部が全部偶然とは思えない。まあそれが差別というもので、そこで人間を見る観察眼を養ったというわけだ。
いろいろ書いたけど、そのプロの逆転劇には快哉を送りたいが、彼を信じてゲームをやらせた両親には感謝してもしきれないと思う。その意味で彼はついていた。Nにはそれがかなわなかった。施設の仕事はいろんなことがあった。とても全部は救えない。でもNには、少なくともわたしのような大人もいるんだということは伝わったと思う。ルール違反をしてその身が危うくなってでも、なんとしても自分を応援しようとしてくれる人間もこの世にいるんだと。決して人間を諦めないで欲しい。そう思いながらNのことを思い出すと、なんだか涙が出てくる。自分の思い出も一緒に蘇るからだろう。やはり歳を食うと涙もろくなる。でもいつかどこかで一発かまして、逆転人生とやって欲しいね。
ハルトモにできたことなら俺にもできるだろう、、て言った子がいた。その子は働きながら調理学校を卒業してそれで今は一流ホテルのパティシエとして働いている。まだまだ先は長い、逆転人生はこれからだ。人生てのは逆転が醍醐味だと、わたしはそう思います。逆転しないですむ人はむしろ人生の楽しみを損しているくらいに思いますね。まあわからんと思いますけど。
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