御曹司の危機感

2020年02月29日
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日々の雑感ーリタイアライフ
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直接話したわけではないから本当かどうかは知らないけど、トヨタ社長のトヨタアキオ氏は自社の社員の危機感不足を憂う発言を何度もしていると聞く。これはわかる気がする。トヨタという大看板の創業一族の棟梁として大トヨタグループをまとめ上げ発展させていかねばならないという使命感、責任感は、サラリーマン社長の比ではないと思う。自分の会社であると強く意識せざるを得ない。

その一方で生まれた時から何不自由なく育ち周りから気づかれぬように忖度されて自分自身が危機的な状況に陥った経験もなく育てられる。そもそも庶民にとっては危機というものは否応もなく降りかかってくるもので危機感を持って危機を迎えるものではない。ある意味危機は来てから考えた方が庶民は楽しく生きられるのである。だが御曹司はそうはいかない。使命感が重い重圧となってその身にのしかかる。そこで自ら危機を意識せざるをえない。自分で意識して危機感を作りあげていかねば自分の責任感に押し潰されてしまうという構図であろう。

それが創業者でない御曹司の辛いところである。わたしは本田宗一郎氏の語録をたくさん、何度も読んでいるけど、社員に向かって危機感が足りないなどと彼が批判している記録など見たことがない。言うなら自分も元庶民、どこまで庶民に求められるものか、頃合いが懐に入っていたのだと思う。ところが御曹司はどこまで庶民に自分と同じ危機的意識を求めて良いかわからない。

本田宗一郎氏は自分が危機感の塊のようになって強烈な個性で社員を引っ張った。危機感というのは求めるものではなく骨身から伝えるものだと無意識にわかっていたのだと思う。御曹司は頭で作った危機感だから骨身から社員に伝播させるほどに昇華できないのではないか?

さて日本最高の御曹司と言えば、天皇陛下である。この御曹司はトヨタの社長とは桁違いの御曹司である。この日本の象徴として存在する重圧感はトヨタ社長などの比ではない。だいたい自分で望んで社長になったのとは違い選択肢はないのである。天皇陛下は国民に向かって危機感が足りないなどと決してなじることはない。それどころか自分が危機感を表現することさえ許されない。だがこの日本でこの国をもっとも憂え危機感を持っているのはたぶん天皇陛下である。

ぐっとスケールは下がるけど、わたしは下手すれば社員数百人の会社の御曹司として会社を継がねばならない境遇に6歳くらいまであった。幼少期は御曹司として育てられた。幼稚園の送り迎えはわたしだけバスに乗らず黒塗りの専用車に送迎をしてもらっていた。運転手は青葉さん、今でも覚えている。いつも青葉さんがドアを開け閉めしてくれて、ちゃんと、「青葉さんありがとう」、と言いなさいと躾けられたのである。その後はわたしの自己紹介でも読んでいただければわかるけど、極貧街道まっしぐら児童養護施設に収容されるまで栄達?を果たす。

今わたしが思うことは、わたしは考えられる最高の偶然を積み重ねて最高に幸せな人生を手にしたということである。この世でわたしより幸せな人間はいるのかもしれないけど、少なくともわたしから見て羨ましいと思う人間はこの世にいない。危機感なんて無縁の人生である。あんなものないほうがいいんじゃないかしら? だって楽しく生きるのが本筋のこの人生で危機感があるほうが幸せになれるなどと到底思えない。頭の中で作った危機感など色即是空ではないでしょうかね。前にも書いたけどたまに般若心経唱えております。




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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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