結局人生のどこかで自分なりの幸福論を考えざるをえない

2020年02月22日
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日々の雑感ーリタイアライフ
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長いタイトルになりました。わたしはこのブログに書いているような幼少期を経たおかげで自分なりの幸福論を人生の早い時期に考えることができました。恵まれた家庭に育てば大人になってそれもかなり後半で思い至ることを幼少期に真面目に考えられたという意味ではわたしは幸せだったと思います。人生こんなはずではなかったとホゾを噛む手間もひょっとして省けたわけです。

わたしの周りも見渡しても、結局人間というのは人生のどこかで自分なりの幸福論を考えざるを得ないようです。それが遅ければ後悔にしかならない。後悔する前になんとかできれば良いけど、多くの人間にとって手遅れということもあり得る。恵まれた家庭に育つほど気づくタイミングが遅いかもしれない。もちろん逆もある。早くに気づいてかつどうにもならない人生を長々と歩むのもまた地獄かもしれない。

どっちが良いとはなかなか言いづらいのでしょうが、もし納得いく幸せを得ることができるなら、苦労は若いうちにしたほうが良いのだろうな、とわたしは経験則を踏まえてそう思います。
時々わたしの人生観がわからないと言う人もいます。もしもその方が幸せなら、それはそれで一つの幸せの形なのかと思います。わたしのような苦労なんか知らないほうがそれは幸せだとわたしだって思いますから。

みなさんはいかがですか? 人生に後悔はありますか?いっそ死んでから(あるいは死の間際に)後悔するのも一興かもしれません。だって後悔って辛いんでしょ。(わたしは知りませんけど)辛い時間は短いほうがきっと楽なんじゃないかなって、そう思います。

こんな曲はいかがでしょうか? 知らない人多いかな?

https://www.youtube.com/watch?v=Zw0DpzNFQdk





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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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