個人投資家にとって己の分を知るとは

2020年01月01日
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株式投資
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年に一度使う切子

会社でも偉くなればなるほどポストにしがみつきたくなる人が多い。ずっと会社がらみで生きたいという人も多い。金儲けだって、儲ければ儲けるほど、もっと儲けたくなる人が多い。自分の器だ、身分相応と言ったところで、どこまでが身分相応だか実は誰もわからない。破綻しないことには不相応という結論にならない。つまり結果以外で己の器はわからないのである。だからもっともっとと思うのは人間の性としては当然と言えるかもしれない。

わたしは会社も自己都合であっけなく辞めているし投資だって潔く切り上げている。だいたい行動全般、その場の損得では決めない人間である。欲より矜持を大切に生きている。どうしてハルトモは欲を捨てられるのか? などと聞かれることがたまにある。欲を捨てたという記憶はまったくない。むしろ自分の欲に向かって突っ走る人間である。ただなにをやるにしてもレースごとちゃんとゴールを設定してそこまでは全力で走るというだけである。100メートル走なのに100メートルすぎて全力で走ったりみなさんしないですよね。それを人生でやっているだけ。

でも目標を設定しているってのは、それはみなさんやっているんだと思うのです。むしろわたしなんかよりもっと細かく設定している人も多い。でも100メートル走なのに80メートルまで走って、もっといけそうだなと思って150メートル走に切り替えたくなる。うまくいっている個人投資家の株のブログの特徴として、目標を設定してそれを達成すると当たり前のように目標をあげるって傾向がある。その理由はなにか? 上に書いたようにまず欲なんでしょうね。でももうひとつある。目標をあげても誰も文句を言わないからである。どんな目標を設定するか完全に自由である。だから欲を抑制する因子はなくて欲のままになる。

個人投資家の多くのかたは、当たり前だけど実生活でいろんな制約を受けて生きている。自由にやろうたって、たちまち不都合が起きるのは目に見えている。それは職場でも家庭でも同じ。つまり自分を抑制しようなんて自分で思わなくても、ちゃんと周りというか棲む環境があなたを抑えてくれているわけです。だからですよ。逆が真になる。抑えられていることには慣れているけど自分で自分を抑える習慣がないってことです。

わたしのように実生活でも自由奔放にやろうとしますとね、これは大変なことですよ。自分のしたことがそのまま自分に降りかかってくる。好きにやろうと決めた瞬間に自分で自分を制御する必要がある。上司の指示通りにやっていればその点気分は楽だが、上司の言うことを聞かないで自分でこうだと言って行動するには自分でどこまでどうやっていつと自分で考えないといけない。その上他者の批判を尻目に結果を出そうなんて、これはそういう人は会社ではまず私以外は見ませんでした。つまりわたしは自分で自分を抑えることに慣れているってことです。もちろん人から見たら抑えているようには見えないです、だって人から抑えられるともっと小さくならないといけないから。

会社でも長いこといい人だったのに昇進してそれこそ社長とか組織のトップになると急に人間の嫌味さが見えてくるって人が多いです。長いこと我慢して抑制されてきたから、自分が上に行って抑えるものがなくなると、自分で自分を抑えられないってことです。みっともないなとわたしは思いますけど、面と向かって言う人間はいないし言うような気に食わない奴は追い出せばよいってことになっちゃいます。

これからまとめていいんですけど、だいたいもうおわかりになるでしょう。個人投資家と言っても、投資の世界だけで別人格があるわけじゃない。その人の生き様や人生観が色濃く出るってことでしょう。そのまま出たりコントラストで逆に出たり、面白いですね。




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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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