勝敗をわける何か、と熊に遭遇したらの話

2019年12月06日
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株式投資
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那須の山々 すでに冬景色
今年はスキー場は雪がたっぷりとありそうで楽しみ

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先日友人が熊に襲われた話題を書いたけど
実際会って聞くにはあっと言う間に襲ってきたそうだ
10メートル向こうからひとっ飛びだったらしい
大きくなりかけの子熊だったそうだが
口がとんでもなく大きく開くそうだ
子熊とはいえ人に対して十分な殺傷能力を有する

結論
熊を見たら即熊スプレー
襲ってきたらなんて悠長なこと言ってられない
そのために二本体制だ
熊スプレーで熊が死んだり大怪我するわけじゃない
走って逃げていく

ところで先日紹介した熊スプレーだが
御覧のように
BLACK BEAR & A BAD PERSON
と書いてある
なんでBEARの前にはAがないんだろう?
そういうもんだっけ?
なんにせよ悪い奴にも使える
人間の場合は走って逃げるんではなく動けなくなるそうだ

これは護身用なんで那須のマンションに置いておくのは勿体無い
耐用年数が5年ほどで保険みたいなものである
二つあるんで冬場は車に一個、それとさいたまの自宅に一個置いておくことにした
煽り運転でもされたら出番があるかもしれないが
過剰防衛にならないように気をつけねば
いくら怒っているとかでも
近づいてきたらいきなり噴射はまずいだろうな、きっと
なにかガイドラインを考えよう
万が一に備えるためにには細かな趣味レーションが重要だ


もっくんはおじさんが競輪選手だった。自分自身は競輪選手にならなかったが競輪大好き人間になった。もっくんのレース展望や解説は競輪評論家でも敵わないのではないかと思うくらいに聞く人間を納得させた。わたしが何を言おうがことごとく論破する。ところがもっくんはよく負けた。レースの読みは見事だから彼の読み通りの展開になることが多い。だが最後微妙な綾で思わぬ車券で決着となる。

もっくんはレース後によく選手に対して怒っていた。あいつが馬鹿だからこうなったとか。人の財布だからよくわからないけど、もっくんの車券人生は通算するとかなりのマイナスをを背負ったと思う。口ではもっくんに歯が立たないハルトモだが車券はよく取った。わたしは勝つたびにもっくんは世の中間違っているようなことを言っていた。あるいはハルトモは運がいいだけの男だ、とか言っていた。

もっくんとわたしは何が違っていたのだろうか? 実はうまく説明できない。ただ漠と言えるのは、彼にはなにか大切なものが欠けていたと言うことである。あれだけの知識と分析力があるなら、わたしならもっと勝ったと思えるくらい、それくらい彼の読みは的を得ていた。だが彼は勝ちきれなかった。一方のわたしはきっとその大切なものが備わっていたおかげなのか、他はだいぶ頼りなくてもそれで勝ちを収めるには十分であった。そんな気がしている。

それで思い出したのは中島淳の山月記。中国の秀才が夢やぶれどういうわけか虎に変身する物語である。虎となった秀才がかつての旧友と邂逅する機会を得て、しばし正気を取り戻す。別れる前に虎となった秀才は自分の詩を朗々と吟じる。これが虎になりきって己を忘れる前の最後の詩であると。旧友は聴きながら、漠と思う。その詩は品格、技量、どれにおいても一級のものであることは間違いないが、だがなにか大切なものが欠けているのではないかと。だからこそ彼は虎に落ちたのではないか?中島敦は意図してか結論を書かずに小説を終える。

株式投資でもわたしより雄弁で知識のある人間など掃いて捨てるほどいる。だが結果彼らの多くよりよりわたしが儲けるのはいかなる理由であろうか?やはりなにか大切なものがあるとわたしは感じている。さても中島敦が書かなかった結論をわたしがとやかく推論するの不粋であろう。ただ言えるのは、わたしにはたぶんその何かが備わっていたということである。運とか勘で片付ける手はあるが、たぶんなにか違うことだと思う。なぜならわたしだけじゃないから。でももうどうでもいいって気はする。十分儲けたんだからなんでもいいや。


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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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