ハルトモ/狐狸庵流処世術

2019年11月25日
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人生の考え方

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昨日はお義母さんのおごりでうなぎ

なんかのお礼とか言ってたがよくわからない


うなぎの写真はなんども出してるけど、我が家はうなぎを良く食べる方だと思う。ちょっとしたことでじゃあうなぎでもとかになる。もちろんスーパーの外国産なんか食べない。じゃあ国産うなぎをスーパーで買うのかと言うと買わない。うなぎを食べるなら店に行くか出前を取るかである。このあたりはあっさり旨いものを食った方が良いと思う方だ。アルコールは家で飲めばぐっと安いし。だいたい飲食店てのはアルコールで儲けているんじゃないかなって思えるので出前は安く感じるくらいである。じゃあ寿司はどうかと言うと、どういうわけだか寿司はうなぎと違って出前より店が美味い。なんでなんだろうって思うがこれはそういうもんだろう。


もう20年も西野流呼吸法の稽古に毎週通っている。何をしているのかと一言で言うと体を緩めているのである。特に腸と内臓を緩める。そうすると細胞単位で酸素の取り込む力が増して、免疫力もあがり、いつも元気はつらつとしていられる。酸素が体の隅々まで行くので手足の冷えとかはなくなる。肩も凝らないのでマッサージも無用になった。体が良い状態になると心も良い状態になる。もちろん逆もある。体が悪いと心も悪くなるって逆もあるけど、心が悪いと体が悪くなるって逆が大きい。いずれにせと心と体は一体のものだ。


緩むという状態が意識できるようになると体を固くしてしまう状態にも気が付けるようになる気がする。体は一度こわばるとすぐには緩まない。仕事で何かストレスを感じる。大したストレスではないと思っても、あるいはひどいストレスならなおさら体はこわばった状態が続く。これがとても体に悪いのである。でもずっと毎日続くとそれが当たり前になってしまい、もう緩まなくなってしまうとかなり体に無理が来るというわけだ。現役世代なら仕事をしないわけにもいかないだろうけど、この体をこわばらせない仕事を選ぶというのは意識した方がわたしは良いと思う。可能なら体をこわばらせないように振る舞うことだ。


わたしの経験を言うと(こうやってわたしは経験を書くから読んでいて楽しめると思う。経験とか実感が希薄で理屈ばっかりとかだとブログはつまらない気がする)、仕事場で自分に対する期待をコントロールすることも重要だ。何十年も前だけど遠藤周作氏が狐狸庵と称してエッセイを書いていて、おもしろいなと思ってわたしも実践していることがある。それは、やりたくないことはうまくやらないことである。自分がやりたくないことでも一生懸命頑張って結果を出そうとすると、それがまず体に悪いのは言うまでもないけど、結果がでるので、またあの人に頼もうとかあの人に任せれば安心だとかになる。そうするとまた仕事が来る。それも期待が乗って。嫌なことなのに期待が膨らみ嫌な仕事も増えるという、これは、体を緩めるという観点では悪循環であるが、そうしたほうが組織内で有利だと思うからやってしまう人が多い。出世や評判より自分の心と体を解放するほうが大切なんだけどそれがわからない。


狐狸庵先生によると、やりたくない仕事はわざとミスをしたり出来を悪くするんだそうだ。喧嘩腰に断るのもこれもやりたくないこと。そうするとああこれは狐狸庵には頼めないなとか、あいつにやらせたらうまくいかないだろうってことになって、それで期待が下がってそれで結果嫌なことをやる機会が減るので、それで心と体にも良いというわけだ。そんなことでは評価が下がって給料が下がるとか、そう思わないで得意なところで好きなところで挽回すれば良いし、嫌なことをやるにしてもあんまり頑張らないで、まあ聞いといてやるかくらいの気持ちで軽くやっておけばいいのである。なんならうまくいかないことも想定して、その時の言い訳とか考えておけばいい。


それでわたしだけど、会社では上司の期待と真逆のことをわざとやるってことをわたしはよくやった。社長が遠回しに何かを求める(自分が都合の悪い指示をしたことにしたくないので)それでわたしに忖度を求めるわけだ。気をきかせてちゃんとやってくれよな。はいわかりました。任せてくださいと返事だけはいいけど、ま逆のことをしてやるのだ。なんか言われても、いやそういう指示はされてませんと開き直る。そうすると、ああ、ハルトモに言っても無駄だからと期待されなくなる。


期待されなくても他で期待以上のことをして売り上げが伸びるんだから、それで一応社長も認めざるを得ない。まあわたしはそんな感じのサラリーマンであった。嫌なことを言われたり指示をされると、思い切り反論して二度と議論させないようにするというのも良い手だ。曖昧な返事でやるんだかやらないんだかわからないとまた催促されるし期待される。そこまで言わなくてもいいってくらいに言ってやると、そこで話が終わって結果として一番パワーの節約になる。ある程度ことが進めば進むほど物事というのは断りづなくなるものである。


もちろん自分が通用するのか、それはよく考えないといけない。自分の実力とか器量とか才覚とか全体のバランスとポジショニングである。ただ頭の中にあるのは、まず一番に嫌なことはやらずに自分の心と体を緩めて楽にする。その上での仕事とだとそういう視点を常に持つことである。そこで多少のマイナスはそれはあっても仕方ない。他で挽回すれば良い。この視点がないで突っ走るなということである。それでどうにもここじゃあかんだろうと思えば、職を変えるしかない。わたしはそれで実際転職したからね。最初の会社に大人しくいたら今のわたしはなかった。


要は自分はどういう生き様の人間かその軸を持って、そのなりたいような自分と人から見られるようになれば良い。本来の自分であるならそれで納得後悔なし。無理して人の歓心を買うことはない。泰然自若としておれば良いのである。それで不都合でもあれば、それは自分の器の範疇でのこと。仕方ないではないか。もちろん人生ゲームだから、居場所を含めてやり方は手練手管いろいろやって有利になるように頑張る。それで今くらいにはなってそれで十分。そういうことです。

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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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