ギャンブラーでも幸せになりたい
2019年11月24日
わたしのブログの読者にはかなりの数のギャンブル好きがいることは承知している。競輪競馬パチンコカジノなどなど。わたしはサラリーマン投資家の憧れの形というキャラ?で長いこと書いているけど、そもそも型破りのサラリーマンで、凄いなあとは思われても(サラリーマンの)お手本にはならない。真似しようなんて読者はほぼいないだろう。
だがわたしには外資大手営業部長の前歴として、不良サラリーマン兼セミプロ車券師という顔がある。不良サラリーマンは最後まで続けたけど車券師は辞めた。競輪では富裕にはなれないと見極めたから。車券師では富裕じゃなくて浮遊である。それでどうなったかは、ブログに書いてある通り。サラリーマンでも成功して株でも成功して自由人になった。
わたしのブログ内を競輪とかギャンブルでSITE SERCHするととてもたくさんの記事がヒットする。それだけこのふたつのキーワードに絡めた記事が多いということであろう。
今のデザインだとこれ
古い記事でも競輪やギャンブラー(ギャンブル)のキーワードが入っているものはよくアクセスされてコメントがついたりもする。読んでいるのはギャンブラーであろう。かなり共感してもいただけているようである。ギャンブラーの成功のかたちがわたしだとすると? とふと思ってブログ村の登録カテゴリーを少しだけギャンブルの競輪に振り分けてみた。そしたらけっこう競輪から読者が流入してきている。
競輪の具体的な記事などはもう書いてないけど(過去記事にはあると思う)思ったのは、きっとギャンブラーだってみんな成功を夢見て幸せになりたいのだろうなってことである。そうでないとわたしのブログをギャンブラーが読まないと思う。わたしは普通の人より、どこかネジが外れた無頼漢からの方が成功モデルとして人気があるのかもしれない。もっとも並みのギャンブラーじゃわたしのようにはなれないだろう。ギャンブラーを母集団とすると今のわたしは奇跡的な存在じゃないかしら。元車券師で株で成功なんて聞いたことない。
奇跡的というと児童養護施設の出身でもわたしは奇跡的な存在だろう。実はわたしより年配になると児童養護施設出身で成功した人はけっこういる。戦争孤児が多く世の中が混乱していたから優秀な子どもも恵まれない境遇にあった。それが昭和も30年代に入ってくると様子が変わってきた。貧乏と学力は概ね関連する。わたしの施設の同級生は私以外一人も高校に行かなかった。大学じゃないですよ。高校よ。
児童養護施設出身でやさぐれギャンブラーのハルトモ君が自由人になった記録がこのブログと言っていい。そう考えるとあっけなく会社を去って児童養護施設で働きそして肩書きもない自由人になったというのはまさしくハルトモらしい生き方だなと我ながら感心するわけです。まるで本を読んでるみたい。みんなわたしのように生きればいいのにね、もっと良いスタート地点から始めてるんだからわたしよりずっと恵まれているはずなのに、なにをモタモタしてんだろうね。
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