好感度にも分というものがありそうだ

2019年11月10日
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人生の考え方
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たまにナイトラン

わたしはよく強い人間だと言われます。人から嫌われるのを厭わないと見えるらしい。別に嫌われても良いとは思わないけど、実際は誰からも好かれようとしてもうまくできないってのがあります。だから開き直っているだけとも言える。どうやっても上手くできないものはできないんだから。またお世辞とかおだてとか苦手だけじゃなくてやってて気分が悪い。誰かに心酔するとか尊敬するとかもあまりないほうなんで、凄いですねなんて心から思うこともそんなない。だから言えない。であるなら自分に正直に生きたほうがずっとましだと思います。まず自分が楽しく生きるのが先決。極端に言うなら人から好かれるのも自分が楽しく生きる一部でしかない。そんでこんなわたしでも好感を持ってくれる人ってけっこういるんですよ。

自分じゃなくて人を見ていて一番馬鹿馬鹿しい人っては、さんざん人の機嫌を伺って人からよく思われようと努力して、その挙句、人から嫌われたり利用されたりする人かなって思う。結局好かれたいってのは相手に期待してんですよね。好感を持ってくれと。その期待が裏切られて落ち込むんじゃなんだかなあと思います。そんな期待しなきゃいいんじゃないのかな?いや別に好かれようとすることを否定するわけじゃないのね。まあなんとなく思うけど人から好感を持ってもらうのは悪い気分じゃない。でもうまく行かないなら、相場じゃないけど予測が外れた時の対策も考えておかないとって思います。

結局、金儲けと同じで、自分の分の中で生きなさいってことです。無理して人から気に入られようとすることはない。無理したってうまく行かないとか続かないとかで終わりやすい。このブログでいろんな自由について書いていますけど、つきあう人間を選べる自由てのはありそうですね。無理してでも嫌でも付き合わないといけないとなればそれがストレスになる。ところが付き合わうことが義務でもないし損得もないとなると、これが意外なことに鷹揚な気持ちでつきあうのがそんな嫌でもないってことになったりする。まあ本当に嫌なら付き合わないけど。ということで勝手に腹が立つ機会が減っていくもんです。不思議ですね。人生はうまくいけばいくほどうまく行くてなもんです。

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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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