勝負師は幸せに死ねるか?

2019年11月06日
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株式投資
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ゴルフのラウンドはもちろん、練習をするにしても栃木の環境は素晴らしい
まず景色が良い、、空いている、球の落下点まで確認できる、それで安い
ここは1000円で200球ほど
1000円で一日中打ってられるところもある


私の師匠」というタイトルで5年ほど前に書いた記事に今でもアクセスがそこそこある。カテゴリーは株式ではないが、日々の雑感にも投資や生き方などいろいろ書いている。カテゴリーを中心に読まれて読み終えた方はぜひこの雑感も読んでいただけたらと思う。カテゴリーは適当なんである。

ということでこの記事を自分で読み返して、ふと気がついた。この三原某氏は最後長野に終の住処を構えた。著作の最後に確かそう書いてあったのだが、実は日本で競輪場がない県は長野県と沖縄県だけである。沖縄は歴史的にもそうかなと思うが長野にもない。

競輪のプロである彼は確か現役中は首都圏にいたと思う。まあ全国を旅して回っていたはずだ。その彼が最後の住まいを競輪がない県を選んだことに因果を感じる。どんな事情があるかそれはわからない。案外長野出身かもしれない。だが長野を選んだということは、きっと車券師稼業も引退したのだろう。(今はネットだとかでいくらでも買えるけど時代も世代も違う。)きっと穏やかな老後を迎えたのかと想像する。

剣豪塚原卜伝の話をここで何度も書いているが、彼も最後は勝負を避けて穏やかに過ごした。私が思うには死ぬまで勝負師だと幸せになるのは難しい。人間は最後勝負から離れるべきである。勝負というのは言わば殺生であるから死ぬまで殺生せねば生きて行けないならそれは勝負の仕方にどこぞ考えるべき点があるような気がする。相場も同じかなと最近感じる。まああくまでも相場は儲ける道具であるとする連中の中での話だけど。なんにせよ幸せな勝負師ってのはイメージ湧かないね。

このブログでも、自分は勝負師のなり損ないだ、みたいな記事も書いている。実際競輪の車券師で一生生きていこうと思っていた時期がある。でもその時にはその勝負師の出口まで思いは至らなかった。いっそ野垂れ死が格好いいくらいに思っていた。でもなんの道でもそれじゃあ達人とはきっと言えないのだろうね。自分も一歩間違えばそういう無頼感になっていたかもなというノスタルジアを感じているけど、今の私は私で良かったと心から思う。


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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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