16歳の環境活動家(みなさんその程度じゃないのかなあ)

2019年10月11日
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日々の雑感ーリタイアライフ
地球温暖化の問題で有名人となった16歳の少女の話。最初に断っておくけどここで環境問題そのものを議論する気はないです。ここはそういう場所ではありませんというだけの理由です。それとは別の視点の話。

この少女には実はかなりの批判が世界的に集まっているそうで、日本でもかなりの有名人が名指しで批判している。またネット社会ではどういうわけか日本の反応が活発で、それもおじさんを中心にやはり強い批判があるそうだ。批判の中身は、どうせ自分の意見じゃないだろう、とか誰かに操られているんだろうである。お嬢ちゃんよく勉強して出直しな、みたいな物言いが多い。

別の有名なパキスタンの少女が平和を訴えて国連平和賞も受賞しているけど、確か彼女が自分の意思を世界に向けて表明したのは確か12歳くらいの時だったはずだ。その時は12歳の少女があんな立派な演説原稿書けるわけがないという批判は私は聞かなかった。その後も聞かない。たぶんなかったでしょ。その差は気になります。

でも12歳でも16歳でも、それが40歳50歳でも、あれだけ多くの人に向けて話す原稿を全部自前で用意する人なんてなかなかいないですよね。政治家なんてスピーチライターがついている。いろんな人と話して自分の考えをまとめる。また作文を手伝ってもらっても全然おかしなことじゃない。

それはね、本当に言いたくもないことを、脅迫や拷問で言わせていれば話は別ですけどね。あるいは催眠術みたいに完全に洗脳してるとか。どんな経緯があったにしても彼女たちは少なくとも自分の意思で話していることは間違いないと思います。それは入れ知恵と言うかアドバイスというか、そういうことする人たちはいるんでしょうね。きっと。でもそれって大人でも同じでしょ。立派な肩書きのサラリーマンが自分の意見も言えずか意見がないのか、人の言いなりになるのを随分見てきましたけどね、むしろそれこそ洗脳されてるって私は思ってましたよ。

そういうサラリーマンの洗脳はどうでもよくて、なんでその16歳の少女を批判するのか? その理由は? みなさん、どう思われますか? わたしが思いますにはね、まあネットで喧しい日本のおじさんたちは、ビジュアル的にもあるいは言葉遣い的にも、そしてああ言う場に出てきて偉そうに言うでしゃばり具合といい、あえて言うなら「生意気な小娘」(注1)が嫌いなんですよ。可愛くないわけです。

人間というのは自分が嫌いな人間が言うことは間違っていると考え、そして批判をしたくなる生き物なんですね。もしもですよ。その16歳の少女が言っていることの趣旨だけをどこぞのいい年した環境活動家が言っても話題にもならないでしょ。それが「小娘」ってことで注目されて世の中で多少の動きが出るのが面白くない、わたしはその部分が多分一番大きいのだろうなって思いますね。え、それは邪推だろうって? だからそういう事です。人間はみんな邪推するんですよ。後はその程度問題とセンスの話ですよ。

注1、小娘とか生意気とか、いう表現は使っってますけど、わたしがそう思っているという話じゃないことは念を押して置きます。


ということでタイトルのように、みなさんもその程度じゃないのかなあという事です。ちなみに私のことですけど、16歳というと高校一年生でした。わたしが16歳の時に持っていた価値観とかあるいは世界観とか、この社会の成り立ちをどう見るかとか、これは60歳を超えた今でも変わっていません。それどころか全くその通りだったと確信してますよ。それでこのブログでいろんなことを書いています。わたしは、親とか大人から洗脳されて自分で一から考える力を日本の子どもは奪われているとさえ思ってます。それに気づかずにずっと大人になって奴隷を続けるわけです。ということで16歳という年齢については馬鹿にしたものではないとはわたしは思いますね。(彼女のことじゃないですよ、年齢ね)
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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