あおり運転予備軍の皆様へ

2019年08月21日
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日々の雑感ーリタイアライフ
あおり運転をする人というのは、まず自分が正しいと思ってるね。だから間違っている奴を見ると怒りを感じる。さらにその間違っている人間の態度がでかかったりすると、なんだこの野郎とカッと来る。

ネットで他人の誹謗中傷をする人間というのは、まず自分が正しいと思っているね。だから間違っている奴を見ると怒りを感じる。さらにその間違っている人間の態度がでかかったりすると、なんだこの野郎とカッとくる。

どうだろう。こうやって書くとこの二つは全く同じだね。自分の子どもを虐待する親も、同じテキストが当てはめられるかもしれない。

だがいくらカッきても、たいていの人には自制心というものがある。いくら相手が悪くても車で煽ったり、ネットで人を攻撃したり、あるいは子どもを虐待するのは、それはよくないことだと、自分を抑えるつまり我慢する。そんなことすると損だという分別もある。

となると一線を超える人間は自制心が弱いだけで、気持ちのありようとしては実は同じと言っていいかもしれない。つまりあおり運転の予備軍というのは、この世にやまほどいるわけだ。なかなかなくならないという構図になる。

ちなみその正しさってのはしばしばとても小さいね。自分は立派だなんて自信あふれたもんじゃない。おとなしく行列に並んでうつむき加減でゾロゾロと進んでいるからこそ、ひょいと行列に割り込む奴が許せない。

自分が正しいと思うことそのものが他者への寛容度の低さになる。世の中で怒ってばかりいる人っている。たいてい自分こそ正しいと思っている。でもその正しさに賛成しない人がたくさんいるという事実からすれば、世の中にはいろんな正しさがあるってことになるから、相対的には正しいのは自分だけじゃないってわけだ。

自分は正しい、間違ってる人間を見ると怒りを感じる。でも我慢する。イライラする。我慢、ときどき暴発。このサイクルから抜け出さないとわたしみたいな極楽人生を歩むのは難しいだろうね。わたしにはそのイライラして我慢するというプロセスがないもの。

だいたいわたしは正しいという言葉が嫌いだ。正しさなんてないくらいに思っている。そう言えば以前交通事故の相手の名前が正人だった。名前通り自分が正しいと思い込んで他人に怒りを感じるタイプだったね。私から見ると自分の正しさで自分を縛っているように見えるんだけど。

世の中をよく観察して、いろんな人間のそれこそ我こそ正しく思う気持ちを理解できるようになると、人に対して鷹揚に構えることができる。ゆったりどっしりオタオタしない。一方でわたしに対してこの野郎とイライラする人間も多くなる。心が狭い人間というのは、まず自分から見て間違っている相手がゆったりとしていること自体が気にくわないのである。でも人間てのはゆったりとしていた方がいいよ。その方が毎日楽しいしたぶん体にも良い。病気とイライラは関係あるらしいしね。

ところで、長いことイライラしてそれを抑えるということを繰り返していくと、それはそれで、特に年齢を重ねるにつれて落ち着いてくるということが多い気がする。これはわたしみたいに我慢しない人間と違って、我慢が高じて諦めの境地に達した人だ。ひょっとして怒るパワーもなくなっちゃった人。一見似てるけど、実はかなり違う気がする。やはりパワーあふれる悠々自適と行きたいね。

大丈夫ですか? 読者の皆さん、ここまで読んでイライラしてませんか? それとも、もうハルトモはこういう奴だと諦めてる? なんてふざけて書いているけど、このブログの読者に、多数の、わたしのようにはできないけど羨ましいと思っている人間がいるみたいね。そういうコメントもいただく。まあできるできないはその人次第だ。それで読むのも自由だ。朝一番でこのブログを読んで、そして我慢の1日がはじまるんですかね?




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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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