人生の楽しみ

2019年05月01日
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人生の考え方


大した朝食ではないのだけど、これが当たり前のように出てくる家庭はやはり幸せなんだろうと思う。ちなみにもっと豪華な時も多い。夕食が余ると朝食が豪華になったりする。

那須は随分と人と車が多い。宿泊料金は閑散期の3倍でも多くの勤め人はコスト高を気にしないでしばしの休日を満喫する。みんな頑張ってるんだなと思う。ゴルフ場や乗馬クラブのアルバイトをしていると、そんな彼ら彼女笑う気は起きない。それが庶民の一典型であり幸せの一つの形なんだろうという気がする。多分多くの人はずっと働き続けるんだろう。私は考えが違うが、それならそれでよしということである。私の勤務態度はすこぶるカスタマーフレンドリーである。仕事じゃなくて優しくしたいという気分がある。リゾートで働く人は本当はリゾートを求めて訪ねてくる人より幸せであるべきだと思う。だからこそのホスピタリティ。まあ理想論なんだけど呆気なくそれを実現するのは悪い気分ではない。


食うに困らない金があるのに時給850円で働く。850円という薄給の代わりに幸いわたしはコミュ二ティを得ている。繋がりは案外広く、スキーのプロやゴルフのプロとも知己を得る。遊ぶ金もタダになるけどそれはそんなに重要ではない。そこにいて私は楽しい。最も大切なことは過去の自分を捨てられるかである。例えばである。わたしは外資系の大企業の要職にあった。その経歴と能力を持ってすればどこぞでもかなりの年収で働くことが可能である。それを捨てると言う選択である。自分はかつて医師であった。あるいは弁護士であった。そのくらいの経歴なら雇われても年収2000万円は軽いとする。それを捨てて時給850円で働けるかである。まず大抵の人にはできまい。ところが私はそれが何の抵抗もなくできる。理由は二つ。自分の経歴など別に価値は無いと捨てる胆力。そして収入より自分の好奇心とチャレンジングスピリットが上回るということ。それで新しい世界が広がる。

経歴とか経験とかいうものは言うなら過去の自分を表現したものである。その過去を上位において現在を従属させるならいつまでも現在と未来は過去を超えることはあるまい。わたしは現在>未来>過去の順番である。見終わった映画はそこで終わりである。常に新しい映画を楽しむ。じゃあ過去は意味がないか?そんなことは言っていない。過去は思い出としてこの上ない充足感をもたらす。
かつて先人が名セリフを吐いた。旅の楽しみは、準備して楽しみ、行って楽しみ、そして振り返って楽しむ。まさにこれは人生そのものに当てはまる気がする。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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