期待されないということは素晴らしい

2019年04月18日
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人生の考え方



呼吸法の稽古の前に公園でノンビリというのは好きな時間である。ここの鳩とか雀は私のことを知っているのか怖がる様子がない。以前香港で鳥が一羽も飛んでいないのを不思議に思って現地の人に聞いたらみんな捕まえて食べてしまうと言っていた。本当かな? 最近ホームコースのそばの荒川で中国人が釣りをしているそうで、それで釣れた魚は臭いので日本人はリリースするんだけど中国人は持って帰って食べてしまうらしい。それで美味いと思ったかどうか? 今度見たら聞いてみようと思う。

iPhoneが壊れた。アウトカメラがぶれてピントが合わない。落下が原因らしい。それで見かけた修理屋に持ち込むと、カメラの修理は8000円程なんだけどFACEBOOKでコメントすると1000円割引になるそうだ。速攻で入力してゲット。どうでもよいブログを書くのが得意なんだからコメントなんてあっと言う間だ。今の時代はネット経由でなんらかの割引が必ずと言っていいほど出ているから割引されている値段が正規だと思った方が良い。割引を受けないと言うことは損しているということだ。ガラケーなんか持ち歩いているおじさんは取り残されて損するばかりというわけだ。

ゴルフクラブを激しく買っている。アイアンセットは2つ買ってこれはどちらも間違いなかった。スペックで買っておけばアイアンは間違いにくい。ドライバーは2本買ったけどプロギアは大正解で、はっきりと距離が伸びた。それほど曲がりもない。キャロウェイも悪くはない。プロギアよりさらに曲がらないが距離は少し落ちる。プロギアも右には行かないので左が怖いコースでだけ使うという手もある。ユーティリティはプロギアばかり3本買ってこれは問題なし。

問題は3番ウッドである。なんだかんだで3本買ってお金も使っているが、空振りするんだよね。今週のカミさんとのホームコースのラウンドでは空振りして打ち直しがOBとか、ゴロで川とか3番ウッド絡みで7打は損した。それでも87で回るんで他は良いわけで、使わなきゃ良いのにといわれそうだがバッグに入っていると吸い寄せられように手が出てしまう。

練習場では全く問題ない。コースで当たらない。ヘッドが思っているより上に行ってしまう。軽くしたことが影響していることは間違いないが、かと言って鉛を貼って重くしても改善しない。軽くポンと振れば多分当たるんだけど、3番ウッドを軽く打つくらいなら、ユーティリティでしっかりと振り抜いた方が良い。3番ウッドはしっかり振り抜いて飛ばすクラブなんである。しばらくは3番ウッドなしでやるしかない気配だ。代わりにコブラの16度のユーティリティを買った。スプーンに迫る飛距離が期待できるが上から打ち込めばよいので当たると思う。これをバッグに入れることで3番ウッドはバッグから出るわけで持っていかなければ使うことはない。

買わなきゃよかったとは思わない。しばらくして全体に軽いクラブに慣れたらまた当たるかもしれないし、こういう合う合わないか買ってしばらく使ってみないとわからないものである。3番ウッドだけで他は上手く行っているのは上出来である。週に3ー4回コースに出てほぼ同じ頻度で練習している。これを忙しいとか言うかどうかはわからないがスイングもかなり悩んでいる。ずっとクラブのことスイングのことを考えていると夜もふける。それで睡眠不足になる。

ゴルフの最中に古い友人から電話があって、開口一番で眠れないと言う。なんでかと言うと家庭の問題である。優秀なお子さんだが不登校になってしまった。しばらくグチを聞いてあげても良いけどゴルフの最中だからまたねと切った。本当はアドバイスしてあげたいが言っても聞かないことは経験済みなんでごり押ししても仕方ない。この年になって深刻な悩みがあるのはつくづくご苦労だなあと思う。3番ウッドが当たらないのは深刻な悩みとは言い難い。

悩みの本質と言うのは己の心の中にある。子どもにあまりに期待して、子ども以上に自分の問題として捉えると、おかしなことになりやすい。そしてそれは子どもにも影響を与える。人の期待に応えるということは、ある意味人の思い通りになるということだから精神的な負担になる。子どもにしても親の期待なんて気にならないくらい図太くなればいんだけど、親が苦労して大切に育ててくれているのでそうは思えない。良い子を振る舞う。でもどこかで折れるという流れである。

先日親父方の葬式に出て久々に親戚にあったが、わたしが多分一番ゆとりある生活をしているんだろうけど、親戚の間では従兄弟のなかで私が一番ダメ男だろうと言われていたそうである。親戚にはそう見える子どもであったようだ。さらに親父の再婚相手のシゲちゃんは私と縁を切ると親戚連中にも公然と言っていたそうで、やはりわたしはダメだろうとシゲちゃんも思ってたわけだが、それでシゲちゃんは晩年よく言っていた。本当にハルトモには驚いたって。こんなになるとは思わなかった。それでよく面倒見てくれて優しくて頼り甲斐があるって。それもわからなかったって。気づくのに40年以上かかったわけだ。

会社のことはここで何度も書いているけど、全く期待されない存在であった。それで誰もダメだろうと思う開発品を誰もがダメだろうと思う方法でそれで一人で売り歩いて、最後は年商200億円にまでなった。途中からは私がコケることを期待する人間が増えたくらい。

私に言わせると、人から期待されないということは素晴らしいことである。なんの心の負担もなく、一人今に見てろと闘志を燃やして、思い通りに自分の道を突き進む。我ながら私の人生は笑いが止まらない。ただ一つ大切なことは、自分こそが、自分自身を信じて自分に期待することである。そして考えに考え抜き強い決意で敢然と行動することである。他人から期待されていないだけにやりやすかった。そういう意味ではついていたといも言える。

この世の中で期待されない子どもがたくさんいる場所は児童養護施設である。親から見放され、施設の職員はなんでも良いから働いて自活しろくらいの期待しかしない。問題はその子自身が自分に期待せず、どうせ自分なんか、、と考えてしまうことである。そこが私の子どもたちへのキーメッセージであった。自分で自分に期待して自分こそ自分を大切にしろ。ほとんど通じなかったけど、それで一人二人はなにか影響を受けた感じである。それで十分である。そんな期待してはいけない。

自分に強く期待する。この気持ちがあるから連日のゴルフ練習もクラブ選択格闘も挫けず続く。今に見ておれ、この気持ちであるが、もう20何年やってんだよね。諦めという言葉はハルトモ君の辞書にはないようだ。諦めないようになるためには? まあ上手くいかないのが普通の状態であると感じることである。その普通を普通でなくしてやろうとするから楽しめる。うまく行かないことは知っているけどなんとかなるんじゃないか。この一見相反するテーゼが心の中で両立するのは矛盾ではない、般若心経の言う、色即是空空即是色に通じると自分では思っている。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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