感謝という言葉をいかがわしくしたのは誰か?

2019年01月06日
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人生の考え方


土曜日は激混みでしたが日曜日のゲレンデは空いています。何故か? 明日からの仕事に備えて1日遊ぶのは憚られるからです。健気なサラリーマンは休日とはいえその最後は会社のために捧げるのです。わたしに言わせるとまさに哀れ。おかげでわたしはのびのび滑れます。

さてタイトルの話題ですが、わたしは「感謝」とか「~のおかげです」などと言うセリフを好みません。もちろん言葉に罪はありません。使う人間の方に問題多しというのがこのセリフで、感謝という言葉くらい、それをさかんに弄する人間の実際の行動と乖離する単語はないのじゃないかとわたしには思えます。

感謝していると言う割にはその人がどうにも感謝しているようには見えないということが多い。そもそも、わたしが儲かっているのは(良い暮らしをできるのは)皆様のおかげですっておかしくないですか? 本当に感謝しているなら自分の儲けを差し出したら。それくらい感謝という言葉は重いものじゃないでしょうか?そんな軽々しく感謝の言葉を口にしなきゃいいのにってわたしは思います。

「ここまで育ててくれた親に感謝します。」 「わたしに関わりあったすべての皆様に感謝します」 へ? そのあたりの知り合いと親が一緒ですか? 本当に親に感謝していたら、同じ表現をその辺りの知り合いに使えないでしょ? 逆に知り合いに感謝するなら、親へもその程度ですか? ということになります。

つまり単語として、現代社会において感謝という言葉はかなり安く使われている。それはちと考えればわかることですから、わたしは安易に使いたくない。では安易に連発する人間の心持ちはいかなるものかと邪推すると、わたしは打算以外に答えが思いつかない。敵を作りたくないとか、もっと言うなら他人をますます利用したいとか。あるいは他人の目を気にしているとか。ただその打算はひょっとしたらその人自体も自然なものと受け止めている、だから案外強固な確信となります。実態は自分の得なのにその得は己の徳の余禄と自己洗脳する。

この世でうまく行っている人間ほどよく使うのがこの感謝という単語なんです。わたしは滅多なことでは使いたくない。もちろん本来の意味がありますので、わたしも感謝はします。でもとても限られた使い方です。筆頭はカミさんですけどね。ただカミさんとわたしの関係は感謝という言葉は実際あまりしっくりときません。それより、嬉しいとか楽しいとかワクワクするとかそんな言葉がしっくりくるんですね。わたしは実際夫婦で楽しくワクワクやってます。

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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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