お父さんは凄いのだ

2018年11月26日
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人生の考え方




ソウルにある戦争博物館に数年前に行った。伊東博文の暗殺犯の像が(向こうでは暗殺犯とは呼ばないだろうが) 韓国建国の立役者の中で第一番に展示されていた。戦争博物館と言っても先の大戦の話はほとんどなくて、抗日とほとんどは朝鮮戦争の記録である。写真は朝鮮戦争の国連軍(主に米国)の戦死者の認識票である。15万人ほどだそうだ。第二次世界大戦での朝鮮民族の死者数は数十万人と言われている。それに対して朝鮮戦争では南北合わせて300万人から400万人が死んだと言われている。その多くは非戦闘員であった。日本が沖縄で経験した壮絶な地上戦が全国土で展開されたわけだ。当時の人口が南北で3500万人だったわけだからその数字に暗然とする。負傷や一家離散、など深刻な打撃はほとんどの国民が受けたのではあるまいか?

同じ時期に韓国の国立博物館にも行った。大国の勝手な事情で蹂躙され翻弄されてきた朝鮮民族の歴史は知れば知るほどもの悲しい気持ちになる。どうにもスカッとしない歴史なのである。この歴史感覚は朝鮮民族こそがより強く持っているのだろうなと思う。このスカッとしなさは事あるごとに外交問題にも影を落としているようにわたしは感じる。このあたりを日本人はあまり知らない。その詳しく知ってもらえないというのもスカッとしなさになる。加えて日本人はわさびの民族である。すぐにツーンとくるだけその時だけ。あとは忘れる。朝鮮民族はキムチの民族である。しばらくしてからかっかと効いてきて後を引く。

伊集院静氏のお父やんおじさんという本を読了した。この人の文章はわたしからするとまだるっこしくてリズムが悪いと感じる。それで好きになれない。逆に言うとわかりやすくて読み手に親切なのである。好きだと言う人がたくさんいるのも理解できる。いずれにせよ、事実に基づくというその内容の重さで読み切った。朝鮮戦争のさなか伊集院氏の父親が日本から家族を助けにいくという話である。

読みながらいろんなことを思い出して考えた。上のソウルの博物館の思い出もそのひとつ。仕事でもずいぶんと多くの韓国人ともつきあった。彼らといろんな話をしたことも思い出す。そのうちの一人は今でも付き合いが続いている。そうやって本を読みながらいろいろ思いをはせるのはとてもよい時間である。読むよりそちらが楽しくてわたしは読むようなものだ。

この本のお父やんと、震災の直後にまだ自衛隊しかいない気仙沼に単身乗り込んでまっちゃんとしみちゃんを救出してさいたまに連れ帰った来たわたしと重なるというコメントを読者からいただいた。それで読んでみようかという気になったのもあるけど、まあ読んで思うのは、わたしはそんな立派なもんじゃない。戦争と震災じゃ比較できない。それに気仙沼で助けた二人は数十年前にわたしを捨てた実母とおまけのその姉である。決して家族愛の話でもない。

ただ共通点というと無事にミッションを終えて一番愛する家族の元に再び帰るということまでが目的で、自分の危険を顧みずにどうなっても良いという話ではないということ。そして絶対にやりとげるという強い意志と知恵を総動員したということ。これはあると思う。震災から3日目、わたしが気仙沼に行く時に危ないという理由で止める人もいた。実際多くの人が行きたくても行けなかった。余震の話もあったし被曝の話もあった。だいたい行く方法がわからない。でもわたしは絶対にやり遂げるという自信があった。そして混乱の被災地でどういうわけか数千いや数万人の中から顔もよく覚えていないまっちゃんを見つけておまけのしみちゃんともども埼玉まで連れ帰った。2日続けて寝なかったのは人生でその一度だけである。さいたまに戻って我が家で寝たあの気持ち良さは今でも忘れない。たぶんお父やんも同じように気持ちよく我が家で寝たんだろうな。良い思い出である。


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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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