卑屈なる倫理観

2018年11月15日
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サラリーマンライフ





アルバイト先はアルバイト従業員が多いし正社員も若いので割と賄いが充実している。写真の弁当は200円でいただける。同じく日中ならレストランの賄いもあってそれも200円。もちろん足りない分は会社が負担してくれている。これを週に2日しか勤務しないわたしにも適用されている。有難いと言うよりちと申し訳ないなという気分になる。もちろん美味しく頂くので口だけ、いや口はパクパクか。脳裏だけの話だ。

アルバイト先だけでなく60歳になってかつ収入の低い年金生活者ということで、いろんな優遇が適用になることが多い。まず税金が安い。それから公共サービスも安い。入浴施設付きフィットネスクラブが100円とか。自分で言うのもなんだけど、こんな豊かな人間によく気前よくサービスしてくれるなと思う。私は自分自身が稼いでいる時から、今後は高負担の時代が来るから、稼がず豊かに暮らす算段をせねばいけないと、このブログで随分言ってきた。そして言ったことをちゃんと実現している。自分なりに先のことまでよく考えてそれでちゃんと実現すると言うことが多分他の人と違うところだと思う。一見いろいろ損しているようでいてもそれでちゃんとうまく収まっている。

みんな私みたいに生きればいいとは言わない。多分やることそのものが難しいんじゃなくて、受け入れることができないんだと思う。勇気がないってのも多少はあるだろう。真似して私のようになる保証はない。わたしのやり方ではどうにも上手く行きそうにないように感じるてのはあると思うが、加えて多くのサラリーマンには卑屈な倫理観が長年にわたり醸成されている。組織では上の言うことに従うものだ。組織人は組織を第一に考えてそれで始めて自分もある。これは倫理観と呼べるレベルまでに磨き上げられて、上の指示が間違っていてもそれを上回る勢いで上を肯定する。間違っているかいないかなんて考えてないてことも多い。上に対して批判の目を向ける。それさえいけないことだと刷り込まれているからだ。もちろん心の中には誰でも不平不満はある。そこから批判めいた考えも出る。だがそれを表立って言う人間はまず組織にいない。言ったらいられなくなるという恐怖感以上に、それは悪いことだと感じている。だから隠すのである。

ある大きな会社の人間と仕事上で親しくつきあう機会を得てわたしと同世代なんだけど、その彼が言っていた言葉を思い出す。ハルトモのようには生きたくない。ハルトモがやっていることは本当は正しいことかもしれないけど、社長じゃないんだから組織では許されないことだ。まあそういう話である。社長がなんだという人間とはもう違う生き物なのである。ちなみにその人間は定年まで働いて再雇用されてまた給料が下がっても働き続けるようだ。それで自分なりに小さな幸せをお感じのようだからそれは良かったなと思う。人それぞれである。自分がそれで良いと思うなら。



三日間連続でゴルフをしたけど、ずっと調整で終わってしまったようなゴルフだった。三日間とも80台後半でスコア的にも冴えない。ドライバー、アイアン、アプローチみんなおかしい。それだけたくさんゴルフをやっていると上手くなるでしょうってよく言われるけど、私くらいになるともうやるだけでは上手くならない。ちゃんと考えて練習ラウンドするとか、あとはセンスとかの問題だと思う。それとラウンドすればするほどずれてくってのもある。これが厄介である。

今特になんとかしたいのはアイアンだ。とにかくよくダフる。それでボールの位置を変えてみた。ダフるところにボールを置けば良いだろうと、そしたら最初は良かったけどまたダフる。それで中にまた入れたらよくなって、そんでまたダフる。冷静に考えてもこれはおかしい。それでどうもテークバックでインに引きすぎていると気づいた。インに引きすぎると手前に入りやすいことは知っている。それで少しアウトにあげるようにしたら、きれいにミートする。これは良いと思ったら、アイアンが右に出て距離が出なくなった。まだなんかおかしい。これが現在。まあキリはない話である。またやればいいだけのことである。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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