自分の子どもが過労死や自殺などしないために

2018年11月01日
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人生の考え方
自分の子どもが過労死で亡くなることを望む親はいないだろう。では自分の子どもが過労死などしないような人間に育てるためにどれほど意識して何かしたか?自分の子育てや躾にそのような意思入れをしたか? このあたりはどうなんだろう?自分の子どもが過労死してから騒いでも子どもは帰ってこない。わたしはハッキリと意識して子育てというか子どもとコミュニケートしてきた。このブログを読めば書いてある通りの話をわたしは自分の子どもにしてきた。

自分の子どもがいじめで自殺することを望む親はいないだろう。では自分の子どもが自殺などしないような人間に育てるためにどれほど意識して何かしたか?自分の子育てや躾にそのような意思入れをしたか? このあたりはどうなんだろう?自分の子どもが自殺してから騒いでも子どもは帰ってこない。わたしはハッキリと意識して子育てというか子どもとコミュニケートしてきた。このブログを読めば書いてある通りの話をわたしは自分の子どもにしてきた。

いろんな可能性をよく考えて事前に対処することである。嫌なこと好ましいことを明確に峻別してメリハリとつけることである。その代わりスパッと諦める面も出てくる。真面目でみんなから好かれてとか、そういうことはわたしの場合好ましいとは思うけど優先順位は低い。自分の子どもなんだから大したことはないはずだ。なんでもかんでも求めるのは酷である。わたしの友人は子どもの不登校で悩んでいるが結局全部自分がしたことが返ってきているだけである。オギャーと生まれてずっと親が側にいて勝手にグレるわけはない。

わたしが言うことは、わたしは簡単に言うけど実際出来る人はそれほど多くないというのがたぶん実情だ。もしそうであるなら過酷な運命も自分の選択の結果であると受け止めざるをえないという結果にこれはどうにもこうにもならざるを得ない。企業やいじめ相手をいくら恨んだところで子どもは帰ってこないからである。自分で自分の命を絶つというのはこれはとんでもないことである。他人を責めて終わる話のはずはないんとわたしは自分のこととしてそう考える。もちろん人にどうこういう気もない。それぞれ自分が納得の行くようにやれば良いことである。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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