なぜ相場をするのか

2018年08月17日
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株式投資
相場の世界にはいろんな人がいるわけで、それでネットとかで交流するとどうも二手にわかれるんだけど、その切り口が熟練者と初心者、とか、あるいは上手と下手とか、さらには勝ち組と負け組とか。それでけっこう塾連者、上手、勝ち組は立派な物言いが多いわけだけど、だけどそれがなんなんだろうってわたしは思ってるのです。

言ってはなんだけど相場ってのは確かにほとんどの人間が負けるから、ベテランだ技術を磨いた、勝ち越しているというだけどすでに十分上の方だって気になるのかもしれないけど、何にせよ結果としてちまちま勝つくらいならやる意味ないとわたしは思うわけで、アルバイトして稼げる程度相場で勝ったと言うならそれこそ吉野家ででも働いて稼げばいいんじゃないかしら。それならノーリスクだ。

どこかのリタイアブログでリタイアして10年で株で800万円稼いだから高級外車を買うとか、一年80万円でしょ。まあ一喜一憂スリルを味わいたいというならそれは趣味だから勝手にすればいいけど。

言うなら、汗水垂らして労働するよりはっきり明らかに勝つことです。それでこそ相場を張った本来の意味がある。ちまちま稼ぐということは労働をしても稼げる程度ということで実はそれでは労働をしているのと精神面においてなんら変わらない。仮に相場で専業でもやっと食っていける程度であればそれはサラリーマン以下でしょう。いつだかスキー場で専業トレーダーに会った。株で食っていると。なおかつ資金を増やしていると。でも自宅にいて独身だそうで、そんな環境なら毎日吉野家で働けば金は増えますよ。

自分はギャンブルで生きて来ましたとか言うプロギャンブラーてのがいて、要はその日暮らしで食べていくのが精一杯、ギャンブルだけで食えないからアルバイトしたりあるいはおごってもらったり。家もなければ家族もいなくて資産なんてない。フリーター以下。でもそれをギャンブルでやったから凄いだろうって、、全然凄くないよ。

ということで、相場で人生がはっきりと変わるくらい稼げる人とそれ以外ってわけるのがわたしは一番しっくりと来ていて、まあ言うならそれが相場だろうが違うことだろうがなんでもいいわけ。つまりそのはっきりと変わるということが具体的にイメージできて実現するってことで相場は方法論に過ぎないってことかと。

相場ってのは労働ではなかなかなしえない夢がある。コツコツと働くのをはるかに凌駕する。やってやろうってわたしが思ったのはそこなんだけど。

生きのこるが第一とか言う人間もいる。でも変ですよ。相場なんてやらなきゃ生き残れる。大多数が負けるならやらないだけで上位入賞でしょ。とうことでみんなやめておけといういつもの結論なんだけど。言っていることおかしいかね?


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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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