納得のいくお葬式2

2018年04月21日
0
0
マネーと生活
お葬式というのはこれは金を払って全部葬儀屋に任せるものであると考えるとおかしなことになるとわたしは思う。あくまでも送るのは親族なんである。だから葬儀屋以上に喪主がいろいろ考えてそして行動する。それくらいのパワーはわたしはある。イオンというのは実際に自分ではやらない。ただぼられないように価格コントロールをしてくれる会社である。そんな会社にのし上られた理由は業界の不透明なぼったくり体質にある。立派な斎場を建ててもいつも空いている。入ったお客から取れるだけ取らないと会社が成り立たない。だからついぼりたくなる。そんな頻繁にリピーターがくるわけじゃないし、ぼったくりでぼったくりと思わせない葬儀という環境と巧みな客あしらいがあるからやってこれた。そこに明朗会計という一石を投じたのがイーオンというだけである。

イオン経由で葬儀を頼むと、葬儀屋から儲からない客という扱いになる可能性はある。そこでいい加減な扱いをされたともしも怒るなら、それもおかしい。儲からない客だけどそれなりのハードは揃っているのだから、あとは自分が真剣に取り組めば良い。その真剣な姿を見れば葬儀屋だっていい加減な仕事はしないかもしれない。でなきゃ自分で埋める。最近は寸志を受け取らないを規定とする葬儀屋も多いらしいが、それも渡し方のテクニックであろう。絶対バレないと思えば受け取る人間はいるし、仮に受け取らなくてもタダの安物を追うお客でないという気持ちは伝わる。

葬式も喪主を何度もやると慣れて来る。わたしは親父としみちゃんをやってだいぶ慣れている。あとしげちゃんとまっちゃんをやってやる予定がある。もちろんカミさんのご両親は別である。それはかみさんがやるわけで、その場合はあまり口を挟むべきでない。葬儀とかあるいは介護とか治療とか、今まで何もしてこなかった人間ほど、ああだこうだと意見を言ったり人を責めたりすることが多い。なんでこうしてやらないんだ?とか勝手に文句を言うとか。それで自分は真剣に心配している気になっているけど、葬儀だってあくまでも点である。送る人は面倒を見て見送りそして供養をするという線の中での一イベントが葬儀である。点だけみてああだこうだと言ってはならない。わたしはそう思っている。
関連記事
ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
自己紹介へ

Comments 0

There are no comments yet.

コメント投稿