天才

2018年03月27日
0
0
日々の雑感ーリタイアライフ
財務官僚というのは公務員試験の成績上位の人間が行くそうでエリート官僚の中でもずば抜けて頭が良いそうだ。そのエピソードとして分厚い資料の誤りをたちどころに発見するとか、資料を丸暗記したかの如く瞬時に応答するとかいう事例がテレビで紹介されていて、そのテレビの中の人は、財務官僚は天才です、と言っていた。たぶん天才と秀才、言葉の違いにあまり頓着しない人だろう。これは明らかに天才とは言わない。誰かが用意した正答に辿り着くのは秀才の仕事。上の例だって機械ができる仕事である。あるいは愚鈍な人間でも時間をかければ出来ることである。

愚鈍な人間が1時間かかる仕事を5分でやったら天才か?そんなわけない。ピカソと同じレベルの絵画を時間をかければ誰でもかけるだろうか? 学者の世界でも誰もが解けなかった難問を解くとか、あるいは革新的な発明をするとか、そういう人こそ天才だと思う。鈍才が逆立ちしてもできないことをするのが天才である。そういう見方をするなら、誰もできないことを成し遂げた人を天才と呼んで差し支えないかもしれない。

結果ドリブンで判断しても概ね良い。それが仮にまぐれでも残った結果がまさに天才的であるなら。努力するかしないかもあまり重要でないのかもしれない。どっちでも良い。好きならのめり込むのは当然だ。多くの天才と呼ばれる人は異常とも思えるほどに心血を注いだりもする。ただたまにはモーツァルトみたい人もいる。(あくまでもイメージね。実像は知らん。)

仮に財務官僚でも、政治家とかあるいは上司とか誰もなんの指図をしなくても完璧に忖度できてそしてその通り仕事を進める。それも長年。もしもそんな人間がいたら、これは天才と呼んでも差し支えないか?たくさんの人の心を自分の掌(たなごころ)に載せて、関係者がハッピーだと思える結論を導き出すなどという仕事は、これは時間をかけたり努力をすればできるようになることではない。

だが多くの人はそれを天才とよぶことに同意しないだろう。いくら誰もができないことをしても、多くの人を納得させる結果の美しさが求められる。それが天才ではあるまいか?そういう意味では天才相場師とか天才投資家という言葉も適当ではない気がする。お金を稼ぐことはもちろん悪いことではないけれど、美しいとまで呼んだらそれは言い過ぎだと思うから。

関連記事
ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
自己紹介へ

Comments 0

There are no comments yet.

コメント投稿