愛社精神、愛国の情

2018年02月06日
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日々の雑感ーリタイアライフ
しんがりというドラマをアマゾンプライムで見た。全部で5本。山一證券の破綻をほぼリアルに描いたものである。直接の原因は2600円億円に上る簿外債務。いわゆる損失隠し。なぜそんなことになったのか? 突き進んだ者たち、それを阻止しようとした者たち、そしてそれを暴こうとした者たち、それぞれ立場は違うように見えるが、実は拠って立つところは同じである。

それは山一を愛すればこそ、組織を思えばこそ、という組織を全面に立てて、その中で個を生かそうとする、組織優先の論理である。わたしはサラリーマンを長くやったけどこういう典型的なサラリーマンの誰にもつまりどの登場人物にも共感しない。明らかにわたしは違った。愛社精神ってなんだろう。

戦争に突き進んだ戦前の日本に似ている気がする。日本人というのは、滅私奉公に弱い。組織を思えばこそという謳い文句をみな掲げるがその中身は実は個々の思惑に満ちていて、だれがその個をうまくおしかくし組織という錦の美旗を上手に掲げるか人間が組織を操る栄冠を手にする。

日本人は個というものが非常に弱くて、組織の中で初めて個を意識することしかできない人間が多い。あらかじめ自分という個を持ち、その個が組織に入っていって組織の論理と個の論理を対峙させるというバランスの取り方ができないのである。

どんな政治体制でもおかしな方向に突き進む可能性があるからどれが良いとかは言いにくいけど、日本の場合にはこいつがやったというわかりやすい見世物になりづらい。皆が組織を愛して組織のために動いたのに、、と何が悪かったのかよくわからない。その中で個はうごめいて感心できない個もいることはいるのだけど、とんでもない悪人が一人でやったというほどの構図にはならない。

というよりむしろそれを暴き立てるのを美徳と思わない日本人の心根というのもある。終わったことだしみんな、組織を思えばと一生懸命やったことだし、その結果をまたみんなで受け入れて一緒に頑張ればいいんじゃないかと、それを自然に受け入れるのが日本人である。

日本人は決して反省をしない民族ではないけど、結局組織優先であるから反省が個の中から沸き起こるものである以上組織は反省はできないのである。反省はそれぞれの個がひっそりと心の中で行うというのが日本人にはしっくりくる。誰か一人を悪者にするのを好まないし、実際誰か一人が悪いというわけではないのである。なんとなくそっちに進んだというのが本音。だから他国から見ると反省していないように見える。反省していないように見えるのは概ね正しくて、日本の場合はまたやらかすか可能性は低いだろうけどあるだろうとわたしは思う。民族の心根は変わってなどいないからである。

日本人は組織のためを思う気持ちが強いから、組織に蹂躙される個に対してわりと冷淡である。個は耐えて組織のために尽くすのが基本だし、自分も耐えているんだという気分もあって、みんな耐えているんだギャーギャー言うなという思いがどこかにある。だから組織が一度暴走を始めると修正が効きにくい。個の犠牲の上を組織がひた走るという構図になったら危ない。まあ選挙もあるんだから日本人ひとりひとりがよく考えればいいことなんだけど。いったい自分のおつむを何に使っているのやら。



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