貯金

2018年01月29日
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マネーと生活
入ってくる金の方が多くて、節約も何もせんで使いたいだけ使っても金が増えて行く状態というのは、たぶん貯金とは言わない。そういう意味で我が家は貯金というものはしたことがない。貯金というのはどういうものかと言うと、毎月の生活を設計して収入からやりくりをしてその結果お金をなんとか残すこと。貯めたお金はどうなるかと言うと、家を買う頭金になったり、あるいは車などの大きな買い物に使われる。そうするといっぺんに減るのでまたお金を貯める。その繰り返しで家などを買うとそれに借金返済が加わる。やりくりしてお金を返さないといけない。利子も乗せて。

そうすると家計を握っているのが誰だか知らないけど、毎日使うお金のことだから、毎日お金を意識して暮らさないといけないってことになる。けっこう面倒だと思う。学生時代に金がなくて毎月の生活費をいつも考えていて使うたびに今月あといくらと計算していたが、学生のような少額経済規模でも面倒だと思ったからそれを家族持ちの家計でやったらどれだけのものか想像に難くない。それをしないで暮らすのはとても楽でやはり使いたいだけ使った方が気分が良い。それを金がないのにやるのが浪費家というおばかさんということであるが、足りていればやっていることは同じでも誰も浪費家とは言わない。

ということで貯金とか借金返済というのを何十年と長くやらないといけないというのはその金額以上にけっこうしみたっれた根性を自らに養わないといけない。欲しいものがあればその度に買えるか買えないか、買うならどうやって、何を代わりに我慢して、とかいちいち考えないといけない。買ってもその分のネガが意識せざるを得ないので、買った分の喜びをそのまま楽しむというより何か負担になる。身の丈以上の高級車を買って死に物狂いで働くぞ、とか、自分で自分のお尻に火をつけるわけだが、車買ったくらいで働き方変わるってのも、なんだかなーというところである。実際さほどパーフォーマンスは変わりはせんかもしれないけど、家族と過ごす時間は減るってのはありそうだ。

お金があれば好きなものが買えて楽しいだろうなと想像する人は多いだろけど、実際好きなものを買うという行為がそれほど喜びというほどのものでもない。楽だし気分が良いという程度で苦労して買ってもいないなら感慨もないし買うという行為がもたらす喜びは瞬間的である。買ってしばらくすればあるものだから当たり前になる。
ただ言えるのはとても楽で、結果違うことに頭を使えるということである。旅行の計画を立てるのも楽しいし、スポーツしていても集中できるし、音楽を聴いていても映画を観ても本を読んでいても没入できる。

こういう差というのは数十年やると大きいんだろうなって思う。ちなみに旅行とか趣味の調べはわたしはすごくやるけど、これは金と時間があって行こうと思えば行けるという前提で調べるから調べていてとても楽しいディテールにもこだわる。金も時間もないならたぶんそんな熱心に調べる気にもならないだろう。車だって金がないとただぼんやりカタログを眺めて格好いいなあで終わりだが、買うかもと思えば検討は細かになる。家とか別荘とかすべて同じ。結果買わなくてもその検討が有益でかつ楽しいということになる。金があるとそういう効用があるというのはない人には案外知られていないことだろうね。





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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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