側近

2018年01月04日
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人生の考え方
テレビで側近の話題を扱っていた。側近はすごいと。チラ見してすぐに出かけたがまあ側近というのは世の中多いわけでふと考えた。所謂ボスと側近。権勢を振るう人間てのはだいたいどっちかみたいだ。ボスってのは創業者とかみたいに自分でのし上がった人間もいるがその跡取りとかも多い。

そうでない連中は側近からのし上がる。日本のサラリーマン社長のほとんどは、元側近だろうね。でないと引き上げてもらえない。それで自分が権勢を掴むと忠実な側近を求める。そんなサイクルかな?側近という言葉でなくても、人に仕えるという表現ならもっと多くの人が当てはまる。人に仕えて信頼を勝ち取り自分を引き上げてもらう。これはきっと出世の王道だろうね。

わたしは一度の人生、人に仕えてまでどうにか身を立てたいとか思ったことがない。どれだけ出世させてもらおうがどれだけ金をもらおうが、自分の考えを人に委ねるなんて嫌。金はあったほうがいいけど、自分の価値観は売る気は無い。まあわたしと価値観を共有するような人であれば仕えてもいいけど、そんな人間あったこともないってこと。

自分が自由に振舞ってそれで人との信頼関係を築くてのはまあ難しいかもしれないけど可能だと思う。そんなたくさんの人間に好かれる必要はないし、それからそれが自分の上役でなくてもいい。結果それで出世しなくてもいいと思う。

逆に言うと自分の側近なんて欲しくもない。迷惑である。側近がいて重宝するてのは人間としてはあまり上等だと思わない。人を下に見てる気がする。わたしは人を上に見るのも嫌だけど下にも見たくない。

人の機嫌を伺うとか、気に入られたいとか、そういう呪縛から解き放たれたらどれだけ人生が楽しいか、それがわからない人にはわからないんだろうなって思う。自由に振る舞った結果失う物の方が大きく見えちゃう。己を殺すことを美とまで思うとしたら最悪だ。自由に振る舞おうと思ってもその自由さえわからなくなるんじゃないかしら。

自分の人生を価値観を人に委ねたくない、人の都合に振り回されたくない。これは少年ハルトモの原点だった。それでなんだかんだでこんな人間になったんだけど、存外楽しく気ままで愉快で、それでなかなか豊かで、別に自由の代わりに何かを失ったって気もしない。良かった。みんなやってみればいいのにって思うけど。どうでもいいことではある。自分の一生だろうしね。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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