貯金に精をだす人

2017年11月20日
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マネーと生活





かみさんのお母さんが作ってくれた冬瓜と鶏肉の煮物というかスープ。とても美味しい。店で出てきても大きくうなづける一品。かみさんの作る料理も美味しいけどそのお母さんのは完全に一段上である。男性でも料理が得意な人はたくさんいるけど、自宅での食事を作る主役が女性であるというのは実態だとして、これは自宅での料理のレベルは世代ごとに段々下がっていくということかな? それともかみさんはもっと上手くなるのかな?かみさんのお母さんによるとそのまたお母さんはもっと上手かったそうである。そのまたお母さんも想像に難くない。昔は食材は今ほど豊かではなかったのだろうけど味そのものは相当美味しかったということになる。タイムマシンがあったら江戸前の寿司とかそばとか食べてみたいね。

普通の勤め人であれば投資で儲けるとか相続とかすることがない限りまとまったお金を手にするためには貯金するしかない。まとまった退職金を手にできる人は相当幸せだろうけど一部の人で、それも終身雇用が崩れたこれからの時代はあまり期待できないんだろう。そうすると日々の収入から支出しつつ貯金をするということになるが、そもそもローンで家でも買ったり子どもの教育費を捻出したりで、貯金と逆の状態になりやすい。車もローンで買うなども多い。だから貯金をするためには相当いろんな工夫をしないといけないということになるけど、どんな工夫をしたところで、あるいはその中で楽しくやったとしても、お金は多い方が快適という人がほとんどだから、その快適さをスポイルしてお金を貯めるという行為であることに違いはない。快適とお金を交換しているわけである。なぜそんなことをするのかと言うと、未来の快適さを買いたいからであろう。貯めておけば将来きっと楽になるだろうと。ただそのイメージは具体的ではない。このたった今、いくらあったら何が欲しい何がしたいと具体的に言えても、ぞれを我慢して得る将来がかなり漠然としているとしたらちと不思議な気がする。よくそれで貯金しようと思えるなって思う。そういうのをそれも長年続けるとしたらまったく驚くべき忍耐力であるがそれをやっている人はけっこういるみたいだ。

もちろんそんな貯金などしないというかできないという人はもっと多くて、いろいろ使ってしまって、金はないからかなりの年までずっと働かないといけないと人もわんさかいる。でもその分いろいろ楽しんだというわけだから、多少の無駄遣いはあったにしても漠然とした未来の代わりに今を買ったと思えば、それは良かったんじゃないかしらってわたしは思う。子供だってお金はかかるけどその分楽しみも多い。過ぎた時間は取り戻せないのだし。つまり貯金をたくさんした人がその分成功したとかうまくやったとかいうのはちと違うような気がしているってこと。もちろん今さえよければでは立ち行かない。特に歳を食って金がないと相当きついだろうから、まあたぶんバランスの問題だな。一番いいのは過去も現在も好きなだけ使って将来も困らないくらいのお金があればいいに決まっているけどそういう人間がそんなにいるわけはないし、そういう人間が実際金を使って遊ぶ時間と体力があるかもまた疑問でもある。忙しくて遊べないという成功者はけっこういる。

ある程度お金がある人間がよく言うのは時間をお金で買うと言う言葉。例えばゴルフにヘリで行くとかしてだ、ヘリに乗って楽しければそれもいいだろうけど、自分で車のハンドルを握ってお気に入りの音楽でも聴きながら行ったほうが楽しいとしたら、それはそういう時間の方が良いのだから、つまりゴルフを含めても自由な時間がたくさんあった方が楽しい。ゴルフの上達には金の力も必要だけど時間がものを言う。たっぷりと練習する時間があるのはとても幸せだ。ということで毎日練習している。なかなかスコアは伸びないが慌てることもない。上達するまで続ければいいわけだし、それを待つ時間もまた十分ある。
貯金の話じゃなくなったけど、わたしのブログはそういうのが多いね。暇に任せて書いているから。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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