世帯年収400万円がボリュームゾーンに

2017年09月26日
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日々の雑感ーリタイアライフ
今朝のニュースで景気回復は長く続いているが、それは企業収益だけの話で、庶民の給料は下がっていると伝えていた。10年20年前は年収が500万円という世帯が一番多かった。それが今は400万円という世帯が一番多くなって、世帯数で言えばそれ以下の世帯が増えてそれ以上の世帯が減っているそうである。これは世帯年収だから、旦那さんが正社員で働いて奥さんがパートに出てそれで合計で400万円ということか?

一部の裕福な人間に富が集中して格差が広がっているということである。年収400万円でどの程度の生活ができるかと言うと、暮らすだけなら暮らせると思う。我が家の場合将来的には公的年金だけで夫婦で400万円ほどになるが、それだけでもやっていけそうだなとは思う。ただそれは家のローンとか家賃とがなくて、その他子どもの教育費とかかからないからである。

現役世代で400万円だと、まず住宅ローンで年収の半分くらい持っていかれるんじゃないかしら?それから子どもの教育費でも払えば、もうほとんど残らない。働き方改革で手取りは減るばかりである。 これで大人しくしていてどうなる? 会社で頭を低くして耐えてどう報われる? ろくなことになるとは思えないが、今ここで何か新しいことにチャレンジでもすればたちまち行き詰まるという恐怖があるので現状を続けざるを得ない。

徳川時代の年貢が四公六民とかで重税だったと学校で習ったが、実は今の方が重税だとどこかで読んだ記憶がある。なんにせよ自分が生み出したものの60%が手元に残る。消費税もないし馬鹿高い電力料金もないし、社会保障費も払わない。一生かけて家の借金を返す羽目にもならない。子どもの教育費もローンを組んだりしない。結果今のほうが庶民の負担が重いという理屈だ。

もちろん今の生活の方が豊かで便利に決まっている。だがその豊かになった分がどこから来たかと言うと誰かが気前よく恵んでくれたわけでなく、自分が産み出した富からちゃんと搾取されているということであろう。徳川時代と変わらないのは、見事なくらいなまでの庶民の忍耐力である。同じ国民ながら感心するばかりである。この忍耐力がこの国の礎とさえわたしには思える。でなきゃとっくに革命が起きていたはずだ。日本人に今も市民主義はないからフランスのようにはならなくて、革命を起こしても国が荒れるばかり。まだ耐えて耐えた方がましである。という国民的DNAの本能的判断が受動的に為されていく。

私個人としてはそれでも別に構わない。情けない国民だなとは思うけど、別に自分には関係ない。自分や家族に我慢を強いてそして子どもさえその忍耐のサイクルに追い込んで行く。自分で喜んでそうするもの止めろとも言えない。わたしのような考え方の人間がこの世で増えればまたこの国のありようもかわるだろうとは思うけど、そんなことは起きっこないから、少なくともわたしの言い分に共感するなら、それは自分で自分とその周りをなんとかすればよろしい。わたしがなんども言う個人的な革命を起こすということである。もちろんなんとかならないで悲惨な目にあう可能性は高い。そこは才覚の問題でもあるのでよく自分というものをわきまえてすることである。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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