儲けるよりも大切なこと

2017年09月22日
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株式投資
毎日ゴルフの練習しているがやって掴んだなと思う日とわけがわからなくなる日が半々である。3歩進んで3歩下がるというところ。昨日はひさびさにホームコースの薄暮プレーに出場した。思い切ってフェードを打つ練習を実際のコースでしてみようと思った。打ってみると確かにフェードが出る。だが思ったような球筋ではなく真ん中から右に切れて行くフェードにしかならない。どうやっても左に打ち出せない。真ん中から切れて行くと右が危ない。弱く打つと曲がりが少ないが距離が全然出ない。強く振るとOBが出る。結局よくわからないでラウンドを終えた。

納得が行かない。それで帰宅せずに練習場に向かった。帰路にある始めての練習場。入ってみると2時間打ち放題だと言う。一球打ちは割高。それで2時間を選択。それでパンパンと打ったが打てば打つほどおかしくなる。立て直そうとしたが、そのうち疲れてきて何をしているのはわからなくなってきた。心身ともに疲弊とはこういうことを言うのか? 1日かけて下手になって終えた。帰って風呂に入り、湯船でもゴルフのことを考える。どうしてコースでは上手く打ち出せないか?

これは仮説だが左を向いて打つとどうしても自分の感覚では左に向きすぎと感じる。今まではフェアウェイの右からドローを打っていたのが今度はウェアウェイの左からフェードだと感覚的には30度くらい開いている気がする。そのまま打つと体と視覚が抵抗して左に打ち出すのを邪魔をして思い切って振り切れない。これがたぶん左に打ち出せない原因だ。だがそれで練習場に行ってもコースに行ってもそれでどうなるのか? 全く雲を掴む話とはこのことだ。なんだか上手くならないような気さえしてきた。

家でも考え込んでいるのだが、それを見てかみさんが笑っている。ほかに悩みはないのかと言う。確かに他に悩みはない。つまらないことを真剣に悩めるというのはこれは幸せなんだろうな。きっと。世の中の人間はつまらないことに一喜一憂して悩んでいるとこのブログでもよく書いているが、たぶんわたしの悩みが1番馬鹿げているのかもしれない。人のこといえんな。

相場をすることはするとして、相場で儲けるよりも大切なことがある。それは相場を通じて幸せになるということである。幾ら儲けるかよりもどれだけ幸せになるかということ。極端な話全然儲からなくても趣味として付き合うという考えもある。楽しく打ち込んで小遣い程度稼げればそれで十分幸せかもしれない。言うならわたしのゴルフみたいなものだ。わたしのゴルフは馬鹿げた試行錯誤を楽しみつつ苦悶しつつそれでも非常にゆっくりと上達していくだろう。相場でそれをやってもいい。

もちろん暮らし向きが変わるくらいに儲けたい思えば儲ける方法を模索する手もある。そこで本を読んだりネットでいろいろ探したり、あるいは師匠らしき人についたり、いろいろやるわけだが、大抵は自己流とは行かず、そこで誰の真似をするのか? 誰を手本とするのか? ここで重大な勘違いを多くの素人はやらかす。儲けている人間が学ぶに値するという思い込みである。儲けている人間を是としてそれを学ぼうとするのである。わたしかするといくらか儲けているかもしれないが、とても同じようにはなりたくないっていう所謂儲けている人間がたくさんいる。ひらたく言えば幸せそうには見えないということである。あるいは幸せかもしれないが自分はそうはなりたくないと感じる。

自分なりの幸福感をしっかりと持っていれば自分がこうなりたいなと思える人もわかるわけで、そういう人でかつ儲けている人を探してそれをお手本にするというならそれはまあいいかなとわたしは思う。まあわたしは人の真似はしないけど、仮に手本を見つけるならその人全体を見るということ。儲けたいことは儲けたいが、それより幸せになることの方が重要で、幸せでないなら儲ける意味もないくらいに思うからだ。まず儲けるのが先決だと考えるのは間違い。言ってもわからない人が多いと思うが、儲けている人間にも人生いろいろあるわけで、その中で都合の良い部分だけつまみ食いしようというそういう了見ではうまく行かないだろうってことです。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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