夢のまた夢

2017年09月01日
0
0
日々の雑感ーリタイアライフ



ゴルフのことばかり考えているためか、寝る前に宮里藍のレッスンビデオを見ていたせいか、夢に宮里藍が出て来た。夢の中で藍ちゃんがレッスンしてくれるなら良いのだけど、そうじゃなくてただ最寄駅の構内を歩きながら話している。わたしが質問する。練習していてこんな大事なこと今まで知らなかったんだと驚いたことありますか? そしたら藍ちゃんがわたしを見てなんか言うんだが、よくわからない。え?と聞きなおそうとしたら、、、夢の記憶はそこまでだ。残念だが答えは聞けなかった。初対面でいきなり質問しなければ良かったかもしれない。いずれにせよ、次に出て来た時にはゴルフ場でゆっくりと教えて欲しいものだ。

ゴルフの練習にいった。スイング改造の確認だが早速当たりが変だ。どうだこうだと試行錯誤。それで気づいた。上体に力が入っていた。腕の脱力がこれもアドレスで重要であると、それを忘れていた。これは別にスイング改造の話ではない。改造以外にも問題は多いのだ。ゴルフの技術論なんてまるで夢の中の話のようにブツブツと細切れで、それですぐ忘れてしまう。忘れたかと思えばふっと蘇ってくる。それで練習場に行くとやはり幻だった。そんなのばかりである。開眼と閉眼を繰り返すのがゴルフだ。

韓国の古い友人が訪ねてきた。渋谷で会ったが、ずいぶん大きな箱を抱えていて、何か買ったのかい?と聞くと、わたしのために海苔を持って来たんだそうだ。お土産というレベルでない巨大な箱である。大変だっただろう。わたしが好きなことを知っているからだが、なんか奥さんが持たせてくれたらしい。こういうのって嬉しいね。出張の最後に会うだけなのに大変な思いをして持ってきてくれたその気持ちが有難い。

彼は今は別の会社に移っていてやはりグローバル企業の韓国の営業責任者というポジションである。業界の話も少ししたが、その後互いの子どもの話とか、趣味とか旅行の話とか、、それで某国のミサイル発射の話も出て、そしたら、日米韓ともミサイル発射は知っていたというアングラ情報が韓国では通説に近くなっているそうだ。

グアムに打つと宣言した以上何かしないわけにはいけない某国内の事情があって、それで妥協の産物として北海道を飛び越えて太平洋ということで落ち着いた、ということなんだそうだ。その友人は某国にコネがある人間から聞いたそうで信憑性が高いと思っているようだ。何が本当かわかりはしないが韓国が融和策に向かっているというのは聞いているのでそういう流れからの情報かも知れない。いずれにせよ雑談である。

しばらく飲んで場所を変えてオープンカフェで人の流れを見ながらワインを飲んだ。話は尽きない。数時間も一緒にいて話は全部英語で行う。久々に対面で英語を使ったが、特に言葉が出てこないとか、言いたいことが言えないとか相手の言っていることがわからないとかは感じなかった。3年くらい英語で話していないけど何か違うか?と聞くと全く以前と変わらないという返事であった。20数年毎日のように英語で仕事をしていたものは、そんな簡単には忘れないみたいだ。その友人は毎日英語を使っているそうだが特に変わった印象はなかった。

そんな簡単に忘れない。これがゴルフでも実現したらどんなにか素晴らしいだろう。今の私には英語が多少できても意味ないし。その友人が共通の知り合いのいわちゃんにLINEで電話をするというのでわたしのiphoneでかけたら、ちゃんと応答してくれた。ひとしきり話していてわたしに変わったのだが、あいつだいぶ酔っているなといわちゃんが言う。英語でも酔っているとわかるらしい。いわちゃんは今はバンコク在住で豪華なコンドミニアムで王様のように暮らしている。自分で王様のように暮らすんだと言っていてそれを実現してしまった。

会社でずいぶんと人にペコペコする人だなと最初思ったがそれが全部演技だと知れた。金を稼ぐために演技をすればいいという割り切った考え。だから対人関係で悩みもしないし、自己実現だとか人生の理想なんて小理屈をこねない。わたしはいわちゃんの考え方に少なからず影響を受けた。それでいわちゃんとは反対の行動を取ったが、根底にある会社との距離感は似たようなものであった。いわちゃんは近々日本に帰国する機会もあるとのことでまたお会いしましょうとLINEを切った。いくら話しても無料である。素晴らしい。

家に帰って箱を開けるとなんと海苔が30袋も出てきた。普通みやげなら5袋くらいだろう。これからしばらくは毎日海苔が我が家の食卓に出る。家族みんな好きなんである。近所にも親戚にも配ろう。このノリの美味しさも忘れない。味覚というのはかなり強固な記憶力があると思われる。

そう言えばその友人との会話でも話した。最後あの世に持っていけるのは思い出だけだと。まずビジネスとかゴルフも持っていく思い出には入らないだろうなと二人で笑った。思い出というのも不思議なものでまるで夢のように切れ切れでそれでどういうわけか重要でないものがやけに鮮烈に記憶に残ったりする。浪速のことは夢のまた夢。生きていることそのものがまるで夢とは太閤秀吉の辞世の句だが確かにそんな気はする。夢も現実も変わりはないなら、なんか藍ちゃんのレッスンも受けられるような気もしてきた。寝るのが楽しみだ。起きていても楽しいけど。どうせ夢ならどっちもでいいってことかな?

関連記事
ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
自己紹介へ

Comments 0

There are no comments yet.

コメント投稿