在宅の仕事
2017年08月02日
頂き物。この桃は高い。自腹で買う桃の2-3倍の値段はするだろう。見栄えが良い。食べるとそれほど変わらないと思った。
在宅でライターの仕事をいくつか受注したが、継続で発注をいただいている。文章を読んでいただいてそれで継続発注を貰えたのでそれなりの評価は頂けたのだと思う。ちなみにこのブログほどは面白くない。必要な情報を丁寧にわかりやすく書く仕事である。自分の意見を表明する場所でもない。文章力の差別化はしづらいので、そのぶん丁寧に書く必要はある。ただ読み手になるほどと思ってもらえれば書いた甲斐はあるなと感じる。知らないことを知るというのは誰にとっても心地よい作業だと思うから。
今後仕事はそれほど増えるとも思えないがしばらく在宅という切り口でなんか試行錯誤してみようと思っている。来年になるとやってみようかなと思っていることはあるのだが、それはまだ披露するのは早いだろう。在宅でライターの他にも仕事がある。電話とメールで商売の交渉を英語でやってくれというオファーがあったりする。数は少ないが一度取れて良いという評価になれば継続となる。この仕事はわたしはプロもプロなので取れれば続くと思うがその最初に取るのが難しい。なんでも最初が難しいのである。
友人からハルトモはいろんな話題でかけるからライターは向いているだろうと言われる。それはこれだけブログを書いているのだからいろんな話題では書けることは書けるが、旅行とか地域ネタとか投資ネタもライバルは街に溢れている。単価は安く、貧乏暇なしになるだけである。いやわたしが貧乏になることはないか。いずれにせよ半年ほどの暇つぶしと今のところ考えている。
児童養護施設で働いた4年弱は完全に身柄を拘束される仕事であった。そこにいないといけない。その前のサラリーマン時代はその点非常に自由であった。会社で出世すればするほど、あるいは結果を出せば出すほど、それで良いということで誰も文句を言わなくなるので、わたしは勝手気ままにやっていた。サラリーマンというのはいろいろ不自由はあるが、決まった時間に決まったところに行かなければいけないというのは案外苦痛である。直行直帰が自由にできるとそこはパラダイスになる。
早朝ゴルフをしてから客先に行ったり、あるいはお客との打ち合わせを終えてからゴルフラウンドや練習をしたり。出張先でも自由にスケジュールを組む。もちろん自由と言っても仕事をするという前提はあるが、わたしは上級職だったので結果で評価される。年棒制+成果給で勤務時間は裁量であった。その分生き残りも厳しいとも言えるがいつ辞めても構わないという気分で働いていたので、そこはなんとも思わなかった。実際結果もよく出た。結局クビにもならずに自己都合で辞めた。
夏休みは毎年三週間とっていた。GWと年末が二週間づつ。三週間というのは平日丸々三週間だと23連休になる。ほとんど夏は働かなかった。クリスマス年末はだいたい12月20日くらいから休み入ってそれで年始まで。大変なけっこうなサラリーマンだったが、最後の3年間はもっとひどかった。ホームオフィスと称して会社にもいかなくなった。会議は部下を家に呼ぶ。出張するのにも部下が家まで車で迎えに来てそして家まで送ってもらう。
部下は車を持っていなかったのでわたしが金を出して100万円くらいの中古車を部下名義で買った。自家用車を使うと出張自家用車使用手当が出るので一年くらいで中古車代は取り戻した。その後その車は部下のものになったので部下もずいぶん得をした。わたし自身は車は自分で二台持っていたが二台とも外車で新しい。仕事で使うと勿体無い。その前にBMWを仕事でずいぶん使ったがあれはかなり損した。ただ気分良く出張できたけど。
ということでわたしは在宅の仕事の経験はすでにあるわけだ。だからそれほど、さあ在宅の仕事だという気分でもない。それにしても仕事ではいろいろあったはずだが、嫌な思い出よりも楽しい思い出ばかりが蘇ってくる。そして辞めても一生涯年金をくれる。辞めた直後からもう5年以上も貰っている。つくづく思う。幸せなサラリーマンであった。
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