儲かる人と損する人と

2017年07月31日
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株式投資
儲かる人と損する人とは何が違うのか? あまり意味がない話とわたしは思っている。じゃあタイトルにするなよと言われそうだが、そこは引きと言うやつだ。

自分は儲からないということは儲かる人と比べて何かが欠けているからだ。その差を明らかにして埋めれば自分も儲かるようになるはずだ。という理屈を聞いたとして、みなさんどう思われるだろうか?

わたしは変だなと感じる。でも変だと思わない人が多数だろう。子供の頃から、手本があってその手本を真似ることでなんでも上達するということが当たり前になっている。教わっていないことはできないのが当たり前とも思っている。

わたしはそうは思わない。一番思うのは、儲かりたいというのはわかったけど、では儲けることに集中してそのことをとことん考えるのがまず先だろうということ。それをワンクッション置いて、誰かの真似がうまいことできるなら自然と儲かるはずだって考えるのが自然でないような気がする。だって真理を追求するのが目的じゃないでしょ。自分が儲かればいいんじゃないかしら?

投資はスポーツじゃない。基礎があるなんて思っていたら大間違い。投資の基礎知識なんて、業界が仕組んだ罠である。早めの損きり? 損きりさせてまた何か買わせようってことですよ。だから儲けさせてくれる先生なんて滅多なことでは出会えないと思ったほうがいい。それは出会える人もいるでしょうけど、それでも自分に合うかどうかは相当性根を入れてやってみないとわからない。

わたしはそんなことするくらいなら自分でいちから考えたい。それでやって行けると思ったからやった。行けないと思ったらやらなきゃいいのである。それを自分でもさほど考えず、先生を本気で探すでもなく、それで適当に真似して、、中途半端だろう。

阪大の教授のスピーチだかが話題になっている。理系万能の風潮の中で人文学的な思考の効用という話である。その趣旨は別にどうということはないけど、わたしの目を引いたのは、考えるということは自分が自由になるということ、というくだりである。この言葉には得心する。言葉は違うがわたしがこのブログ言いたいことである。

子どもの頃、辛くて悲しい思いをしたことがたくさんあった。そんな中わたしが一番好きな時間は布団にはいって寝る前であった。いろんなことを考えた。夢想に近いがそれでもよく考えた。夢でもずいぶんリアルに描いた。その作業は誰からも邪魔されずにわたしは完全に自由であった。その自由な時間に嫌いな大人を持ち込んで真似でもしようなんて有りえない。どんなことでも一から考えて、それが自由で幸せな時間であった。知識としては本を読めばいい。そういう子どもだったのである。

勘違いしてはいけない。テキトウナ我流はだめよ。スキー、ゴルフ、乗馬、それから人生でも、学ぶというのはとても大切なことで、必要な基礎、あるいは良いもの、そこはすっと受け入れる素直さも大切。

矛盾していると思うのは考えが浅い。一見相反することを両立するのが高い次元ということである。

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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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