突っ込まれる文章

2017年07月17日
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日々の雑感ーリタイアライフ
炎上する理由というのはいろいろあると思うけど、炎上まで行かなくても人が突っ込みたくなるような表現というのはネットでたくさん見受けられる。仲間内の会話とは違うことを意識しないで書いている人が多いと思われる。

代表的なのは、断定的な表現で他の考え方をあたかも否定すること。例えば、「この投資方法がベストである」とか、これは違う考え方の人間がいるのが当たり前だからまず反感を持たれる。これは文章の後に、「とわたしは思います。」と続けてもそれはツッコミを回避したことにならない。そもそも思っていることを書いているのがブログだから。

だが「わたしにはこの投資方法がベストであった」と書くとまずツッコミは来ない。まず自分に限定しているということ、それから、「あった」と過去形にするのが大きい。「わたしにはこの投資方法がベストである」ではほんまかいな?となる。それが過去形で経験をした事実に基づく感想を書いているのであるからそれはどう思おうが自由である。

その後続ける、例えばだが「わたしは時間がないサラリーマン投資家であったからこの投資方法が合ってのではないかと思う。」これも事実に対する感想で問題ない。さらに続ける、「わたしのような個人投資家はけっこう多いのではあるまいか?ひょっとして大多数かも?」これは推論だが茫洋として反感は持たれまい。

そういうことで結局言いたいことは似ていて、言い回しもわりと断定的でスカと抜けていてかつ上手にツッコミを回避することができる。事実はいくら断定しても構わないのである。これが反論を避けるために曖昧な表現や予防線を張ったりすると、文章がつまらなくなる。あくまでもわたしの個人的な感想でなんて言い添えたり、そんなの個人的感想に決まっているのだ。

次に反感を持たれやすいのは、どこにでも書いてあるようなことをあたかも自分の意見かのように書いた場合。特に専門家でもないのに、詳しく理屈を書くとそこは同じレベルで反論を招くことになる。結果素人同士が延々と言い合うというのは投資のブログでさんざん見てきた。

そこは上手に引用を使うことだが、そこで引用元はぼかすという手がある。どこにでも似たようなことは書いてあるのだからどこかに特定する必要はない。その方が楽だしそれから反論を招きにくい。例えば「、、、とはネットでもよく耳する理屈だが、、」とか。まあこんなことは初歩的なことだろうけど、意外と知らないで書いている人は多いように思う。

わたしのブログにはほとんどツッコミは来ない。来ても炎上なんてことにはならない。都合が悪いコメントはわたしの判断で掲載しないからだ。ざまあみろであります。ではそういうコメントがきているかと言うと実はそれも来ない。そもそもコメントはほとんど来ない。

これはわたしの講談の師匠が言っておられたんだけど、本当にうまい講演はほとんど質問が来ないそうである。聞いていて皆納得しているから。文章でも反論異論別にしてそれなりに、ああそうですか、この人はこういう考え方なんだなと納得させるものがあれば反論は来ないと言う気がする。自分の言葉で自分が思うことを書いて、それで一本筋が通っていればいいってことかな。そう考えるとテクニックじゃないのかもしれない。

わたしの場合はたぶんみんな呆れて相手にしないのだ。ああ今日もハルトモは吼えているなと。虎が吼えて虎に反論する奴がいないのは動物園に行けばわかる。吼える奴には吼え返すしかないが、それはあまりに馬鹿げているからやらないってことだろう。



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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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