資金管理と気分管理

2017年07月11日
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株式投資






朝一番で自宅を出て清水に向かう。二つの墓参を済ませた。実は清水はお盆が7月なのである。どうしてかは良く知らない。年に四回墓参りに帰郷するが義務というより楽しみでやっている。それで昼飯はとかみさんと相談して伊豆屋の天丼を食べようと思ったらなんと月曜日は定休日。残念。それで沼津港に行って適当に食べた。まあおいしい。よくテレビでいろんな食の番組をやっているけど、どこで食べても実はそんなかわらないよね。伊勢丹の地下だって各地の立派な食材が所狭しと並んでいる。

ただそこにいるというだけで何か食べても景色を見ても気分が変わるものでそこに旅の意味がある。温泉だってそうだ。最近は掘ればどこでも出るのが温泉。家のそばにも日帰り温泉はいくつもあるけど、そこにひょいと行くのと、それは知られた名湯に行くのとはぜんぜん気分が違ってくる。

このように気分というのはとても大切なものなのに、それを普段生活していて大切にしないって人がけっこう多いって、わたしは思っている。気分良く毎日を生きていればそれは積分で気分の良い人生に結果なるわけで、将来のために今は気分を犠牲にして耐えるってのはこれはどこかおかしい、とわたしがここで何度も言っていること。だいたい耐えても計算通りいかないのが人生。

小さな幸せでもいいから毎日積み上げることが大切で、気分優れずに数十年耐えてそれでその後老後って言ってもそれは人生の大部分を気分優れずに暮らしたって事実は消えないからね。人生全部が気分良くはなかなかならずに後悔のもとになる。

さて今日は投資の話だけど、投資でもこの気分というのが大切だってことは私以外に言っている人はわたしは知らない。よく資金管理って言葉が使われる。要は自分の資金量に併せてリスクを管理しないさいってことですが、それだけじゃ足りないのね。

わたしが一番ポジションを持っていた時の話だけど資産合計は毎日の値動きで変わる。当たり前の話でいわゆる含み益含み損ってことだけど、この動きの幅が大きいときは自分のサラリーマンの年収を超えてしまったこともある。自分が汗して(本当に汗するかは別にして)実業で毎日働いてそれも一年。その金額がたった一日二日で簡単に自分の力が及ばないところで変わってしまう。

だが紛れもなく自分の金には違いない。わたしの場合は大きく含み益が乗っていたから気分的に耐えられたけど、それでも長くはやるもんじゃないなと思った。早く出口まで持っていかないとどこかで気分が持たないって自分でわかる。だって簡単な話で毎日気分が優れるかどうかそれは自分でわかるわけだから。

デイトレとかやっている人。実生活は毎月数十万円でいや下手したら10数万円で暮らす人がほとんどだけど、それで毎日10万円勝った負けたなんてやっていたとする。いくら総資金に対しての建玉がコントロールされていてもさてどうだろう?確かにそのことによって気分が違うのは事実でそれは大切なこと。金融資産が一億あってそれで1000万円で勝負するとの、2000万円が総資金で1000万円で勝負するのとじゃ、同じ値動きの意味合いというか気分への影響度が違うのは当たり前。

自分が一億持っているから、毎日10万円20万円、あるいは100万円?その値動きをどう思うかそれはその人次第。仮に結局勝ち越していたとしても負けた時にとてもいやな気分になって落ち込むってのは、気分管理という意味で幸せな一日じゃなかったってことだから毎日を幸せに生きたいって視点で考えればそれは無理があるってこと。

この理屈おわかりいただけますかね? 自分がなんとも思わないくらいの動き幅が自分の勝負の器ということなんだけど、これもそういうまともなセンサーがついていればの話で、器以上の勝負を続けていけば実生活の方がたぶんおかしくなるんじゃないかなってわたしは思う。実生活で倹約していてその一方でそれをはるかに超える金額が入ったり出ていったりじゃそれを長いことは続けていけば生活にも差し障りが出るってことです。

資金管理は大切だけどそれ以上に気分管理、それが生活管理でもあり人生管理なんだって話です。気分は投資だけじゃなく仕事家庭すべて関係してきますから最上位の管理項目でそれで人生決めておけば少なくとも後悔することにはならないってわたしは思います。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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