ブログを書くということ

2017年06月08日
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日々の雑感ーリタイアライフ
自分のブログをFacebookシェアすることもあるんだけど、FACEBOOKは直接知る友人が読むから時々勘違いされる。ブログで書いていることはFacebookで書いている意味とは違うんですよね。ブログは自分の作品というつもりで書いているし必ずしも自分の信条とか意見を代弁するものじゃない。むしろ書いたものを一人歩きさせるくらいのつもりで文章の質を考えている。

斬新な視点というのもわたしのテーマで、どこかに書いてあるような優等生のコメントなんてわざわざ書く意味はないと思っている。それでわざと1+1は3じゃないか?て書いてみたりする。でも話しは3と言いたいのではなくそこから自分の視点が展開してそこがわたしの持ち味なんだけど、たまに1+1は3と言った時点で、ハルトモ君、1+1は2だよと親切に教えてくれる人がいる。それはわかった上でこっちは書いているんだけど読んでるほうは正したくなるみたい。悪気はなくて親切な人なんですけどね。

これはブログでもコメント欄でそういう人がたまにいる。そんな自慢ばかりしてみっともないですよとか。こっちはわざとみっともなく振る舞っているってのがわからないみたい。そこに実は意味があるんだけど。悪ぶるってのもわたしは多い。それはそう書きたいというか書いたほうが文章として切れがでるとかそこはいろいろ考えているんだけど、どうしてもブログという性格上わたしの文章からハルトモという人間をダイレクトにイメージしてるんだろうね。それでなんかあいつは間違っているとかって正したくなるのかもしれない。

なんにせよ、人を引きつけて飽きさせない文章をわたしは書きたいわけ。どこかで読めるようなものは書きたくないし、正しいか正しくないかなんて二の次。事実かどうかもそういう意味ではあまり重要でないんだけど、そこは空想では賢い読者は見破るからスタイルとして事実をベースにしているというだけで事実であることが大切だとも思ってない。ただコアってのはありますよ。それは読者が自ら感じるもんかなて思っている。感じなくても意図した方に取られなくてもそれは構わない。長文読んでもらえたという時点でまあわたしの目的達成ですよ。

こういう説明はどきどき書いているんだけど、やはり新しい読者も来るし時々自分でも確認する意味で書いているってことです。わかっている人はわかっていることだけど。
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ハルトモ
Posted by ハルトモ
自由人ハルトモ。那須とさいたまを毎週往復するリゾート&リタイアライフ、そして旅、投資ネタもありのブログです。
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